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喪中ではないので、年末年始のごあいさつと、句読点を続けさせていただきます。(マル)

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「喪中につき、

年末年始のご挨拶をご遠慮を申しあげます」

というハガキが届き始めた。

その中に、句読点を使ってあるのが1通だけあって、

何回も読み返した。

これは偶然か、意図があってのことなのか、と。

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日本語でも英語でも、

文章に句読点やカンマやピリオドを

使うのが正書法なのだから、

それが使ってあったといって、

反応する自分に苦笑せざるを得ない。

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パソコンのソフト設定者が、

年賀状や喪中ハガキ、

結婚や転居の案内文の文中の句読点を

省くように設定したために、

これらの定番の文章からは

句読点が完全に排除されてしまった。

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日本人は、明治維新まで

「国語」というものを持たず(地域語はあった)、

「わたし」や「あなた」、

「お父さん」や「お母さん」

というコトバさえなかった。

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これでは、国民が共通言語によって

コミュニケーションをとることができないと、

外国の例などからも学んで、

明治政府が「新生日本語」を創設した。

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「です」や「ます」「である」も、

明治になってつくられた文章のまとめ方である。

ちなみに、それ以前は「男ありけり」「たいしたものだ」

などと結んでいた。

そのころは句読点はなかった。

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明治政府は、

国語表現の大改革を行ない、

文節ごとに「、」を、

文末には「。」を打つという、

現在に至る正書法を確立した。

これらの文化大革命の成果を知らず、

だれいうとはなしに、

「あいさつ文からは句読点を省こう」ということになった。

印刷業者などが、にわか知識で、

「昔は(毛筆の時代は)句読点を打たなかった」などと

わかったような解釈をして、

現在のパソコン文例にある表記習慣を作った。

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そんなに昔がよかったのなら、

ちょんまげ(丁髷)でも結って生活をすればよい。

この状態を「パソコンに使われている状態」と

私は見ることにしている。

句読点を省く人間は、

国語のセンスが著しく低い者と私は見る。

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国語のセンスついでにいえば、

11月の定例国会に際して、

質問時間の与野党比率を

議員数に応じて見直すかどうかで議論になっていた。

が、それをいうなら、

国会での審議の進め方のほうこそ、

見直すべきときではないか。

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質問者が問いかけ、大臣や関係者が回答する、

その形はよいが、

質問者は、まるで犯罪者を追及するように高飛車に出る。

……なんて言ったら、警察関係者に注意を受けるかも。

警察は、あんなにひどい言い方はしません、と。

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国会審議がつまらないのは、

攻める側と攻められる側のカタチが

ワンパターンであるからだろう。

代案のない質問者の設問に

反論または逆質問のない議論など、

第三者が見ていておもしろいはずがない。

勝ち負けがないゲームのつまらなさと同じである。

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「もし、質問者がいうようにしたら、

政府がとるべき国民への責任を

どう果たせというのでしょうか。

ほかに代案があるなら伺いたい」という程度の

一般論化した逆質問さえ許されないのなら、

質問者はただただ過激に、

回答者は用意した文章を棒読みする、

こんなワンパターンを何十年も続けているのだから、

「思考力はだいじょうぶ?」と問いたい。

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これもまた、

明治時代の国会審議よりも

はるかに退行してしまっている。

明治の国会はもっと生き生きとしていたことは、

多くの記録が伝えている。

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11月の国会本会議での安倍首相の答弁は、

「謙虚でない」と突っ込まるのを避けるためか、

用意した文章の棒読みに終始した。

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日本人はいかに議論が嫌いな国民であるか、

改めて実感する。

議論をしないということは、

考えないということでもある。

幸か不幸か、

日本人は、あまりモノを考えないという点で、

押しも押されもしない発展途上国であることを

再認識する必要があるだろう。

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ちなみに、

このブログには、句読点を適度に打ってある。

タイトルにも。

タイトルに句点を打つ理由は、

いつか、また。

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by rocky-road | 2017-11-22 23:20  

自然の真っただ中のわ・た・し。

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パルマローザが開催する

動物園での撮影会は

2006年6月に続いて2回目である。

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↑↑2006年6月11日に開催した、
「栄養士・健康支援者のための
 動物園の楽しみ方」
セミナーで撮影した集合写真
 
撮影 米澤 須美さん
http://palmarosa.exblog.jp/3228005/
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栄養士のネットワークが

なぜ動物の撮影会なのか。

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理由をあげればきりがないが、

ポイントを1つに絞れば、

自然に目を向けることは、

モノを認知する能力を高める、

ということになる。

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飼育されている動物を「自然」と見るのは

甘くないか、と思う人がいるだろうが、

どんなに人為が及んでも、

動物の存在や行動には

自然がぎっしり詰まっている。

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いや、人間の中にも自然は生きている。

そういう言い方は不適当で、

人間も動物も依然として自然そのものである。

宇宙ステーションにいようが、

満員の地下鉄の中でスマホに見入っていようが、

それが自然の一部としての人間である。

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昔から、学識の高い人の文章を読んでいて、

「人間は動物と違ってコトバを持っている」

「人間のような高等な動物は……」

「動物に心があるか」

などのフレーズに出会うと、

にわかにシラケてしまう。

その論者の学識というよりも

洞察力の貧弱さに失望するのである。

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動物と人間との間に線を引き過ぎる。

むしろ、生物と人間との連続性を認識するのが楽しい。

動物には心もあるし、コトバもある。

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地球上のあらゆる職業は人間を相手にしているが、

健康支援者ともなれば、

直接的に人間を相手にしている。

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そういう職業の人が、

動物を観察することは、

人間を知り、自然を知るよい機会。

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人を見る目を養う、

人の動きを推測するには、

動物を1日中でも見ていれば

超強化トレーニングとなる。

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今回は、横浜の小さな動物園が撮影地。

気を散らすことなく、

ゆっくり自然と対話ができた。

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しめくくりには、

はからずも

夜景の撮り方レッスンをすることにもなった。

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by rocky-road | 2017-11-13 23:39  

栄養バランス、とれていますか。

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5回シリーズとして、

「『栄養バランス』をどう学び、どう伝えればよいか。

食の地図・四群点数法を中心に

というテーマのお話をさせていただくことになった。

1回目は「人はなぜ、食の基準を求めるのか」とした。

20171028日 終日。会場:横浜開港記念会館)

日本の戦後の健康教育、健康行政は、

世界水準からいって高いほうだろう。

なによりも、世界有数の長寿国、

という結果を出しているから強い。

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しかし、香港やシンガポールも

結果を出しているから、

平均寿命の要因は、

そう簡単には確定できない。

香港やシンガポールにも、

「健康日本21」のような

政府主導の健康指針があるのだろうか。

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日本は、医療や食に関して、

なんといっても「医食同源」の国から

多くの影響を受けてきた。

が、戦後の70年余りに限れば、

「食」に関しては、

欧米の影響を受けながら、

完全には「欧米化」はせずに、

一汁三菜の「日本型食事」を確立してきた。

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その背景には、

「栄養所要量」や「食事摂取基準」のような

政府主導の食事の指針が用意され、

それを学校や事業所、病院の給食に

適用してきた、という日本人のマジメさがある。

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問題は民間で、

あれやこれやの食事指針が

各省庁や個人によって継続的に示されている割には、

さらには、中学、高校でも教えているはずなのに、

なかなか身につかない。

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指針の中には、

130食品」や「マゴワヤサシイ」

そして近年では「食事バランスガイド」のように

調理や食生活の現状には合わない、

いわば机上のアイディアだけで提案されているものもあり、

実効性も実行状況も低い。

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その理由は、

こうした指針のプランナーとして

男性の参画率、発言率が高く、

または、調理経験の少ない女性や、

現場感覚、食感覚、

食の心理学などが希薄な人が集まって

プランニングしていることなどにありそうだ。

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そういうタイプの人たちは、

日本人の食生活の実態を見ていないか、

あるいは

既存の食事指針を評価する理解力が乏しいのか、

視野や洞察力に問題がありそう。

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たとえば、

すでに50年近く前に提案されている

「四群点数法」のような指針を知っていながら、

その利点が理解できず、

はるかにラフな指針を別に提案したりする。

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「食事バランスガイド」についていえば、

食事の栄養的バランスを

メニュー単位、皿単位で把握しようなどという発想は、

なんとも荒っぽい考え方である。

それはいわば、

英語を単語ではなく、フレーズで覚えよう、

といっているのに等しい。

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I have a pen

I have a pineapple」という表現の意味を

単語ではなく、フレーズで覚えてしまえ、

というわけである。

しかし、この方法だと、

I have Pen-Pineapple-Apple-Pen

というフレーズに出合ったときには

理解ができなくなる。

Pen-Pineapple-Apple-Pen

という単語(?)の意味が理解できなければ、

フレーズの意味は読み取れない。

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(ちなみに、「Pen-Pineapple-Apple-Pen」とは、

ピコ太郎氏によると、

ペンが刺さったパイナップルと

ペンが刺さったりんごとを

合体させたもの)

コトバに限らず、

国民性とか県民性とか、

社風とか校風とかと、

地域や集団の特徴を

われわれはじょうずに把握するものだが、

その前段階として、

日本人の言動、東京人の言動、

〇○会社社員の言動の特徴を把握し、

それを集団としてカテゴライズする、

それが人間の認知プロセスである。

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食品でいえば、

肉の栄養的な特徴がわかっていれば、

カレーライスが出てきても、

ギョーザが出てきても、

中身にちょっと目をやることで、

おおよその分量や特徴はわかる。

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これならば、

調理担当者にも、

外食利用者にも、

海外生活者にも活用は可能。

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どんな国へ行っても、

4つの栄養的カテゴリーに収められない食材はない。

昆虫もヘビも鶏のトサカも豚の足も、

2(良質たんぱく質群)と考えていいだろう。

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「四群点数法」は、

「魚1 豆1 野菜3」の段階(1928)から

90年近くかけて積みあげられてきた理論である。

スタートの時点から、

質と量のバランスが考えられている。

そんなに便利な食事の指針が

ほぼ固まって40年がたっても、

現状程度にしか普及しないのはなぜか。

この点は、何度でも考えてみる必要がある。

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いちばんの理由は、

人間は、食事の質と量をコントロールすることを

苦手とする、という点。

人類はずいぶんと文明・文化を発達させたが、

動物の部分を少なからず引きずっていて、

まだ栄養学の発展には、ついていけない。

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紅茶キノコがいい、納豆がいい、

玉ねぎ水がいい、糖質制限が必要、

といった各論に反応するのが精いっぱいで、

1日になにを、どれだけ食べるか」

という基本のところを学ぼうとしない。

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めんどくさいから、

「栄養のバランスに気をつけよう」と、

プロもアマチュアも

お念仏のように唱えていいことにしている。

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コミュニケーションの問題も大きい。

せっかく、よい指針が開発されているのに、

それをエンドユーザーに届ける人がいない。

栄養士が最適任者なのだが、

指針を理解し、実践する人があまりにも少ない。

養成校でのカリキュラムや指導法に問題があるのだろう。

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そんなこんなで、

文学部国語国文学科卒業の人間が、

食事指針の1つ、「四群点数法」について、

5回シリーズで講じることになった。

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25年間、女子栄養大学出版部に在籍して、

香川 綾先生が、

この食事法を完成させる現場に居合わせたので、

そのラッキーチャンスをムダにしないためにも、

そして、人類の財産ともいうべき、

この食事法の概要や、その意味するところ、

そして、それを人に伝えるときのポイントなどについて、

5回に分けて講じてみたい。

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2
2017年11月25日(土)
時間 10時30分~午後5時30分
場所 女子栄養大坂戸キャンパス香友会館
最寄り駅 東武東上線 若葉駅

  

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第3
2017年12月10日(日)
時間 10時30分~午後5時30分
場所 横浜体育館併設 平沼レストハウス3号室
最寄り駅 JR関内駅(南口改札)

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第4回
2018年1月21日(日)
時間 10時30分~午後5時30分
場所 かながわ労働プラザ
最寄り駅 JR石川町(北口改札)

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第5回
2018年2月12日(月/祝日)
時間 10時30分~午後5時30分
場所 横浜市内(近日発表

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by rocky-road | 2017-11-01 21:19  

旅のテーマ。

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「動機」というもののおもしろさを実感した。

以前、講師を務めていたスクールの教え子から、

初めてメールをいただいた。

突然の近況として、

沖縄に行って、こんな写真を撮った、

と伝えてくれた。

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なぜ、そういう話になったのか。

それは、20年以上前に、

彼女たちと沖縄の座間味島へ行ったことがあるから。

今回は家族と、その古座間味(ふるざまみ)ビーチで

スノーケリングをした由。

そのあと、沖縄本島を旅して、

今帰仁(なきじん)にある乗馬ツアーに参加して

海に入る馬に乗ったとのこと。

写真は息子さんとのツーショットであった。

ツアーのスタッフが撮ってくれたとか。

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こちらとしては、

秋の海行きをどこにしようかと

決めかねている段階だった。

海に立つ馬の写真を見て、

これを半水面で撮ってみたいと思った。

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「半水面」という写真が撮られるようになったのは、

一眼レフを水中ケース(ハウジングという)に入れて

撮ることが普及した1980年後半あたりだろうか。

さらに、超ワイドのレンズを使って、

水面上と水中を同時に撮れるシステム、

「半水面写真」の機材と技術が開発された。

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年に1015回のペースで

スノーケリング中心の旅をしていたころには、

まだこのシステムは未発達だったので、

これを採用したのは、その時期よりもたいぶあとのこと。

タイミングとしてはかなり出遅れた。

この分野の先達は少なくないが、

それでもまだ、新しい映像を発見する余地はある。

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遅ればせながら、

半水面作品をフォトコンに応募してみると、

意外なほど短期間に受賞した。

いまもいろいろとアイでテアはある。

(写真は読売写真大賞 第一席「わんマンショー」

富士フイルム フォトコンテスト

ネイチャー部門優秀賞「フエダイ夏模様

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テレビでは、海を泳ぐゾウ、カモメ、

沼地のカバなどをキャッチした映像を見たことがある。

日本では、ウマが海に入るのは、

壇ノ浦の源平の合戦の絵などでもおなじみだが、

なぜか撮りたい欲求を刺激された。

これがキリンならばなおさら絵になるが。

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もう1つ、

久々の沖縄本島行きを考えた理由は、

やはり8月に沖縄を旅した塾生の1人から

「娘が魚に手をかまれた」という体験を

聞いたからである。

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すぐに思いついたのは餌づけの可能性である。

本島周辺の海は、

すでに人間から、かなりインパクトを受けていて、

魚などは少なくなっているのだが、

そこで手をかまれるということは、

餌づけが日常的になっていることを物語っている。

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直感したとおりで、

ガイドがソーセージを持って行って

与えていたという。

沖縄に限らず、餌づけは野生生物の生態を変えるので

エコツーリズムにおいては大禁止事項である。

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そうではあるが、

海の自然が失われた地域では

餌づけも観光資源の1つにはなる。

人間が自然環境の中に入っていく現状では、

共存する方法の1つとして、

餌を介して共存する方法もある。

教条的に餌づけを禁ずるのではなく、

好ましい餌づけの方法を指導し、

管理していくほうが、

禁止を唱える裏で、

こっそり不適切な餌づけをするよりは現実的ではないか。

見落としてはならないのは、

田畑も、動物たちにすれば餌場(えさば)なのである。

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ともあれ、

手をかまれるほど魚たちが近いということは、

被写体としての魅力もある。

海の中に立つ馬と、

至近距離の魚たち、

今年の沖縄のテーマはこれだと決めた。

動機が強すぎたのか、

写真の出来栄えは自己採点で60点前後。

「急いては事を仕損じる!!」

53年のキャリアが

そういうことを言っていていいのか。

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しかし、旅としては快適だった。

スノーケリングの初歩さえ講習していない人が、

ジンベイザメと向き合っている様子は、

涙なくしては見られない。

ダイビングビジネスの発達のおかげである。

アマチュアには、

ここまでのサポートはできない。

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ほとんどのツアーには年齢制限があり、

それが60歳までというのは気に入らないが、

キャリア50年という80歳のゲストは

そう多くないはずだから、

やむをえない。

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であるならば、

好みのビーチを見つけ、

1人ででも「地の果てから始まる旅」を続けたい。

それはスノーケリングを始めたころのスタイルである。

「旅をだれかに管理されたくない」

その原則があったから、

あえてスノーケリング中心の旅を続けてきたのである。

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多くの発見のある沖縄本島、

久々の旅であった。

なんだかんだいっても、

海は地球上で

もっとも自然と未知に出会えるエリアである。

なお、この旅行は、

201765日の

誕生日に

パルマローザのみなさんからの

プレゼントを充当したもの。

みなさまに深謝します。


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by rocky-road | 2017-10-20 21:29  

編集力で健康寿命を延ばす。

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過日、上の写真をポストカードにして、

「ロンドンへ行ったとき、キャンペーン中の

CMサービスがあったので、

料金は高かったけれど、がんばって注文した」

と書いて出したら、受取人は本気にしてしまい、

申しわけないことをした。

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この写真は、

以前、パルマローザ(栄養士サークル)

のみなさんからいただいたカレンダーに

使ってあったもの。

年が終わったからといって

捨ててしまうのはもったいないので、

写真に撮って保存しておいた。

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このカレンダーは、

写真に、依頼者が希望するロゴを入れて

12か月分に配置してくれるサービスである。

この写真が12点あるので、

「近くに滑走路の長い空港があれば、

うちの自家用機で迎えにあがる」

「ベニスに行くことがあったら、

ウチのゴンドラを使ってください」

「ラスベガスで9,457円も、

すってしまった」などと、

「フェイク通信」を楽しんでいる。

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さて、わがロッコム文章・編集塾では、

9月から10月にかけて、各クラスとも、

「『編集力』を日々の生活にどう生かすか。」

というテーマで講義を続けている。

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パソコンの普及によって、

だれもが編集作業を行なうようになった。

ホームページ、ブログ、チラシ、

そして、日常的なEメールなどにも、

編集作業は欠かせない。

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相手に合わせた用字用語の選択、

レイアウト、添付する書類や写真、

それらはまさしく「情報体」そのもの。

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編集とは、

雑誌、新聞、書物、映像、パンフレット、CDなどのような、

ひとまとまりの「情報体」を作るために、

必要な材料を集め、それをまとめ、整える作業。

または、すでにある情報体の順序を変えたり、

短くしたり長くしたり、

構成し直したりする作業についてもいう。

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編集作業は、

実はいまさらのことではなく、

ハガキ、手紙の時代から、

そして平安の昔の和歌のやりとりにも活用された。

が、新聞や書物のような

複数の人に向けたメディアが一般化するまでは、

「編集」というコトバはなく、

したがって、

「編集作業」もない、と思われていた。

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しかし、『源氏物語』の場合でも、

紫式部の直筆原本はともかく、

書写本が作られる段階で、

あれやこれやの編集は行なわれているはずである。

誤字を直したり、読みにくい字を書き直したり、

1巻内のレイアウトを変えたり、

絵物語に再編集したり、

総ページ数を変えたり、

故意かミスかで、表現を変えたり……。

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しかし、編集はプロの仕事と思われているため、

ルールやスキルについて、

学ぶ機会はないし、チェックする人もいない。

そのため、雑然とした、

まるでゴミ捨て場のような情報体が

世界中にばらまかれている。

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メールやブログの1行の字数を短めにすること、

適度に段落で区切ること、

ハガキや手紙の宛名の位置を左右中央に書くこと、

切手を傾かないように貼ること、

できれば季節感のある切手を使うこと、

ウサギの2円切手を、しかるべき位置に貼ること、

年賀状の文章にも句読点を打つこと、

「喪中につき……」のハガキにも、

同様に句読点を打つこと、

などなどは、編集的判断による。

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つまり編集は、生活技術である。

ロッコム文章・編集塾は、

その名のとおり、編集の塾でもある。

ここで指導しないで、だれがする、

そういう切実感がある。

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話は変わるが、

先日、100円ショップで

3年連用のカレンダーを見つけて、

その編集感覚と企画力に感心した。

スケジュールが今年から来年にまたがるとき、

まだカレンダーが売り出されていない時期だったり、

買ってはあっても、

しまい込んでいたりすると、

すぐに予定が立てられなかったりするが、

連用なら、そういう戸惑いは少なくなる。

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日記は、長らく10年日記をつけてきたが、

カレンダーの3年連用の必要性には

思いが至らなかった。

一本取られた。

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かねがね、

「来週、来月、来年の予定のある人には未来がある」

とは言ってはきたが、

ダイソー関係のカレンダープランナーには脱帽。

おかげで、3年後が視界に入ってきた。

高齢者にこそ、

すすめたいカレンダーである。

これも健康グッズにカテゴライズするとよい。

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by rocky-road | 2017-10-02 16:27  

いま話題の「話題力」

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パルマローザ ブラッシュアップセミナー

「『話題』の見つけ方、つくり方、ふくらませ方」

 --人生を活性化する「話題力」を強化する--

という演題で、講じた。

2017923日 1030分~1730

          横浜市技能文化会館)

話題とはなにか

今回は、こう定義してみた。

「人と話し合うときや、手紙やその他の文章で

用件を人に伝えるときに、中心となる内容のこと。

会議などでは『議題』といい、講演では『演題』『テーマ』」

という。社会的に多くの人の関心事などについて

「いま話題の……」「話題の人」などという。

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さらに「話題力」については、

「TPOに応じて、

同席の人の関心を引きつける話題を提示したり、

ときに問いかけたりして、話の場をよりおもしろく、

より有意義に展開させる能力」とした。

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栄養士をはじめ、健康支援者に限ったことではないが、

公的にも私的にも、

対面やスピーチ、

そして、メールや手紙、ハガキの内容が

ありきたりでおもしろくないものが多い。


日本人は「話題不得意民族」だから、

そうであったととしても不思議ではない。

だとしても、

健康支援者の中には、

開き直って、相手に対して高飛車に出て、

不得意の話題力不足をごまかしている人が少なくない。

その代表は医師かもしれない。

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3時間3分」(実際には待ち時間は改善されたか。

しかし、診療時間は、私の主治医の場合、

短いときは112秒)という医療現場では、

医師は、患者と会話をする時間など、あるわけがない、

ということはわかっている。

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しかし、「どうですか」と

23秒、問いかけるだけでも、

ほかならぬ、医師自身の健康度をあげるのだが、

そのことをわかっていないプロが多すぎる。

医師の過労死の一因に、

患者との関係づくりの不備があることだろう。

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全国の医師が、

表情やアイコンタクトで患者と会話をするとか、

「こんにちは」と患者にひと声かけるようにしたら、

それだけでも、

医師の過労死のリスクの数パーセントは

軽減されるはずだし、

患者の数パーセントの治癒率も高まるはず。

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会話は、口でする前に、目でし、表情でし、

身だしなみでするものである。

いきなり「会話力」といっても、

そういう言語行動の前に、

表情をつくるという、

いわば助走がなくては、

「いかがですか?」程度の一声さえ、

出てくるものではない。

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健康支援者のトップポジションにある医師が

そんなふうだから、

その下で働く栄養士の話題力や、

それ以前の言語・非言語コミュニケーション力が

他の業種より低くなったとしても、

やむを得ないところがある。

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しかし、厨房仕事や献立を立てる業種の栄養士も含めて、

栄養士は、健康支援者の中では、

話力を問われる業種の上位グループに入るだろう。

「話す」「聴く」時間の長さでいえば、

医師や看護師をはるかに超える栄養士も少なくない。

食事相談の担当者などである。

特定保健指導にかかわる栄養士の場合、

病気の予防ということよりも、

対象者のライフスタイルを支えるという要素が

大きくなってくる。

つまり、一生の健康を支援するという、

長期的な仕事になってくる。

(いろいろの世代とかかわるという点において)

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ライフスタイル、

言い換えれば、生き方にかかわってくるとなると、

現代の哲学者にもなり得るのである。

新聞の人生案内で、

回答者としての哲学者の文章を読むことがあるが、

その文章力を見て、

これでは一般人の支援はできない、と残念に思う。

話題が常識的で、広がらない。

哲学者のコトバを引用されても困るが、

もっと人間について、

考察を深めてもらいたいと思う。

心理学や医学、脳科学や経済学などの

下敷きが、いかにもなさそうに思える。

哲学者は、哲学史の解説者ではなく、

現役の市井人に対する

「健康哲学」「人生哲学」を身につけてほしい。

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田中美知太郎氏の文章に、

ギリシャ時代の初期の哲学者には、

著書というものはなく、

対話や講義が中心であった、

という記述があったのを覚えている。

近隣とのトラブルの相談にも応じたというから、

今日でいうカウンセラー的な仕事も

していたらしい。

「話題力」とは、

おもしろい話題を提供するだけではなく、

相手から話題を引き出す能力をも含む。

話題は相手の中にある場合が少なくない。

セミナーでは、

相手から話題を引き出す問いかけのトレーニングとして、

「動物のキリンに5つの問いかけをしてみよう」

という出題をした。

思っているよりもおもしろい答えがあった。

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*「上から目線って言われることが多いと思いますが、

  そんなとき、どう答えていますか」

*「このサバンナで、おすすめのビュースポットといったら、

  どこがおすすめですか」

 (注意深く見渡してるので

 いろいろのことに気づいているはず)

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*「タートルネックのセーターを

 着たいと思ったことはありますか」

*「世の中にアリ(またはモグラ)という動物が

 いることをご存じですか」

*ビールのブランドのうちで、

 2番目におすすめなのは?

お遊びではない。

話が苦手な相手からも、話題を引き出すには、

キリンが相手でも

会話を成立させる根性を鍛えておきたい。

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インタビュアーにとって、

むずかしい相手の代表は、

取り組みが終わったばかりの力士だとは、

昔から言われるところ。

無口なうえに、息が弾んでいる。

そういう人に、自分の取り組みを説明させる、

確かに難題である。

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だから、無口で、上から目線のキリン相手に、

話題を引き出す体験しておくことは、

遠からず、いや、すぐにでも役に立つ。

話題は、相手が参加してこそ成り立つのだから、

相手が乗ってくる話題の提示や問いかけが

瞬時にできなければならない。

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さらに話題力は、

人と対面しているときだけに発揮されるものではない。

メール、ハガキ、手紙での話題もある。

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マツタケを送ってくれた人に

ハガキでお礼を伝えるのに、

「初秋の候、いかがお過ごしですか。

 さて、このたびは、産地の松茸を

 お送りくださいまして、ありがとうございます。

 大変おいしくいただきました。

 秋を実感しております。

 季節の変わり目、みなさまにおかれましては、

 ご自愛ください」

では、味も素っ気も、リアリティも話題性もない。

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文章による話題づくりについては、

セミナーでもお話しした。

その内容については、

いずれ機会があれば……

ということにしておこう。

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by rocky-road | 2017-09-27 00:16  

コトバで「自分」へのアプローチ。

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コミュニケーション研究会 ひろしま≫の

3クール(3年目)第5回の

メインの講義テーマは

「『自分力』をどう発見し、どう生かすか。」

93日、広島県三原市)

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自分とはなにか」は、

かつては哲学の主要なテーマの1つだった。

が、私の講義では、

「自分」を認識するうえで、

コトバの果たす役割が大きいことをお話しした。

大きく、くくれば、

認知言語学的アプローチということになるだろう。

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虹が7色に見えるのは、

視覚的に認識しているのではなく、

「虹は7色」という知識があるから、

数えることもなく7色に見えるのである。

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現実の虹はグラテーションのある配色なので、

色数を確かめようとしても、線引きができず、

ぴたりと7色を見分けられない。

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だから日本人も、

大昔から「虹は7色」とは思ってはいなかったし、

現にいまでも、

虹は7色だと思っていない国や地域や人種は

ゴマンとある。

3色だと思っている地域もあるとか。

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さて、自分をどう発見するかだが、

いわば行動傾向を把握すること。

自分の人生の設計図というものはなく、

この先、どこへ行くかの地図もない。

まさに「運を天に任せて」生きているわけだが、

アバウトながらコトバは、

地図のほんの一部分を示し、

方向性を予測するベースにはなる。

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「人生」というコトバを使わない人には

「人生設計」はしにくいし、

「ライフスタイル」「ライフデザイン」という

コトバの正しい意味を知らない人には

自分を客観視する機会は少ない。

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「愛」というコトバを意識しない人には

温かい心の表わし方は苦手だろうし、

「信念」というコトバを

(心の中ででも)使いつけない人は

「ブレやすい」可能性がある。

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自分を発見したり、

自分を生かしたりするコトバは

ネット上を行き来する頻度は低く、

したがって、スマホ依存の人は、

生涯、人生を考えたり悩んだりする可能性は低く、

その意味ではヤギやウマ、恐竜ほどに

「幸せな人生」いや「幸せな瞬間~瞬間」を

過ごすことができる。

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広島出張に際して、購入したばかりの本、

ファッションで社会学する』という

味なネーミングの本を携えていった。

(藤田結子、成実弘至+辻 泉編 有斐閣発行)

と、ここでも「自分らしさ」というフレーズが

頻繁に出てくる、その偶然がおもしろいと思った。

ちなみに「学生向け」の本だという。

どういう学生なのかは不明。

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この本には、

「外見と自分らしさ」という章があって、

社会学の論述のプロセスを学ぶことができる。

ロリータファッションだのガングロメイクだの、

美容整形だのを、なんのためにするのか、

それを本人たちに聞くと、

大半は「自分が心地よくなるため」と答えるという。

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論考を進めるうちに、

「自分」の中には、

すでに「身近な人のまなざし」が入っていて、

つまりは社会が自分を見る目が入り込んでいて、

自分が思っているほど、

「自分は自分ではない」という話になっていく。


「なぜ美容整形をするのか」など、

本人たちに尋ねた調査データが

いくつも紹介されているが、

どうやら、いくつかの選択肢から、

自分の考えに近いものを選ぶ方式らしい。

この段階で被験者は

調査員に誘導されてしまう。

実際には、自分を自分のコトバで語れる人は、

そう多くはないし、厳密には不可能である。

だから、人が作ったフレーズの中から

一見、自分の考えに近いと思えるものを選ぶ。

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「自分」に限らず、

森羅万象を語れるほど、

人間はコトバを多く持っていないし、

いくらかは持っていても、

それを適宜使いこなすことはできない。

その無理難題に挑んで呻吟する(しんぎん=苦しむ)のが

五七五の俳句であろう。

  月天心貧しき町を通りけり  (与謝蕪村)

  (上空にある満月は、いま、この寒村を過ぎつつある)

アンケートは、

いかにも人為が入りやすい形式であるかが

改めてよくわかる。

生物学的アプローチや

精神医学、認知言語学、

そして脳科学などのアプローチなら、

ロリータファッションが「自分のため」

などという女子の意見など求めても、

本当のことはわからないのは、

最初からわかっているだろう。

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生物学の知見では、

社会行動をする種が、

単独で生きていくことなどできるわけがない、

そんな観察はいくらでもある。

適応とは、いろいろの状況に

自分を合わせていくことにほかならない。

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この世に、ガングロがたった1人だったら、

そして、あとに続く者が

絶対にいないとわかっていたら、

あるいは、それによって自分に

なんのメリットもないことがわかっていたら、

そういうファッションを選ぶ人は少ない。

いや、それは「ファッション」とは呼ばない。

ファッションはかならず複数で成り立つ。

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世の中でたった1人の行動は、

奇行か、天才か、新しい病気か……、

いずれにしてもファッションにはなりようがない。

とはいえ、生物学的または文化論的にいえば、

そうしたムダに見える挑戦や突然変異が

新しい適応のカタチをもたらしたり、

新しい文化を生み出したりする可能性はある。

適応や創造は結果論であり、

理屈は後づけになる。

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さてさて、

わが言語学的アプローチとしての

「『自分力』をどう発見し、どう生かすか。」の講義では、

人間が、または社会が作ったコトバが、

自分の社会生活を活性化するのに有効であることを述べた。

コトバは、最小にして最大の地図であり設計図。

「人生」「理想」「未来」「人生観」といったコトバの意味は、

だれも視覚的に確認できないが、

方向指示器としての意味は大きい。

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シラケた小説1冊よりも、

「目標」という1語のほうが、

人生の歩き方を的確に示してくれることがある。

もちろん、その逆もある。

「文章教室」のニュアンスで始まった

シリーズ講座ではあるが、

思えば遠くに来たもんだ。

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文章力は、

社会的コミュニケーションの質を高めることにを

主な目的にしてはいるが、

そのための素材であるコトバの吟味は、

料理をするとき、素材の吟味と同様、

出来栄えを大きく左右する。

今回は、「文章」という単位ではなく、

単語という素材を中心に講じた。

しかし、感想を伝えてくれる人のメールや手紙は、

明らかに「自分らしさ」を的確に示す、

以前よりもずっと重みのある文章になっていた。

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by rocky-road | 2017-09-10 14:35  

読書は表現力を強化する。

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この820日に行なった輪読会に

出席でなかった人の何人かに、

主催者が当日のテキストを送ったらしい。

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受け取った人の1人から、

テキストの中にある書物の新聞広告について、

問い合わせがあった。

「あの本もおすすめのものですか」と。

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このテキストは、輪読会の2日前に

読書をすすめる広告が出たので、

参考資料としてご紹介した。

本のタイトルが、カタくなくておもしろい。

広告には、目次の一部がピックアップされている。


*「自分は何も知らない」と自覚する

*読みながら考えないと身につかない

*いくつになっても偶然の出会いは楽しい

*小説で「考える力」を養う

などなど、読書の利点を的確に指摘している。

私自身は読んでいないので評価はできないが、

その段階で「読んだほうがいいか」と聞かれれば、

読書のすすめの本に、

読まないほうがいいものがあるとは思えないので、

「いいんじゃない」と答える。

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皮肉なことに、この広告には

こんなフレーズもあった。

「人がすすめる本はあてにならない」

私の本心は、「それを言っちゃぁおしまいよ」である。

輪読会でも、その点を指摘した。

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昔、著名な精神科医が

「修学旅行のような団体旅行は意味がない」

あるウーマンリブのオピニオンリーダーが、

「女性も、結婚するだけが人生の選択ではない」

ある大学教員が

「栄養の大学だからといって、栄養士の資格を取ることはない」

など公言した。

それを真に受けた人の中には、

「やり直し」のために多くの時間と労力と、

おカネを使った人が少なからずいたはずである。

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人のモチベーションを下げるような言動は、

少なくとも相手が特定できない場では言うべきではない。

くだんの精神科医は、

「旅行は1人で黙々とするから身につくことがある」

というのが持論らしいのだが、

旅行入門コースとしての修学旅行まで否定したら、

「経験から学ぶ」という機会は激減する。

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そんなことを言ったら、

義務教育だってナンセンスということになる。

「勉強は、自分の必要に応じてすべきで

漫然と、いろいろのことを詰め込むのは

「害あって益なし」という議論になってしまう。

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そういうことを言わないで、

いつジャストタイミングがやってくるかが

わからない人生において、

まずはスタートラインについておきたい。

それが基礎教育、基礎体験というものである。

学ぶ機会にはもっと貪欲でありたい。

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以前、電車の中で

人が読んでいる本の一部をちらっと盗み見をし、

なんとか表紙を見て、書名を知ろうと苦労したことがある。

ようやく読み取って、メモをし、

駅を出て書店に直行した。

その本を買っておいてよかったと思う。

すすめられてもいない本にも

「アテ」になる良書は少なくない。

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「人がすすめる本はあてにならない」と言ってしまったら、

自分たちの広告を自己否定したことにならないか。

3八つ」(さんやつ=新聞の8つの広告サイズ×3段抜き)

という超高価な広告を出しておきながら、

「人のすすめる本はあてにならない」とは!!!!

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ところで、

このブログで何冊かの本を紹介したら、

そのほとんどを数日のうちに読んで、

感想を伝えてくれる人が何人かいた。

その文章がなかなか読みごたえがある。

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かねがね、いただくハガキや手紙、Eメールの内容が

多分に儀礼的で、中身がないことが多く、

こなんにも話題がないのに文章を書くのは辛かろう、

と感じているが、

本を読んだ人の文章は、

シャッと背筋が伸びていて、読んでいて楽しい。

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その一部をご紹介して、

どんなきっかけで本を読んだとしても、

マイナスになることはめったにない、

ということを実証しておこう。

本、または情報は、

やはり心を養う知的栄養素である。

人間は、栄養素だけで生きているのではないことを

忘れてはいけない。

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◆H.Nさんの感想

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「海からの贈物」を読み終えて、

ご連絡せずにはいられなくなりました。

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50年という月日をどう考えるのか、

にもよりますが、

この本が、50年前に発行されたと

いうことに驚いています。

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「私たちは飢えを感じているが、

何がそれを満たすかは、

今日の私たちにも解らない」

このように感じている人間は、

増えているように思いますし、

AI社会になれば、

さらに増えていくように感じます。

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技術は進歩しても、

人間は進歩していないのだろうか。

技術ばかりを進歩させたから、

満たされない人間が増えているのか。


司馬遼太郎氏の「人間について」を

読み始めましたが、

医者にも患者にも哲学が

必要であるとありました。

読み進めていくのが、

楽しみで仕方ありません。

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技術も医学も進歩していきますが、

その進歩に、哲学がなければ、

人間が置いてきぼりの世の中に

なってしまう、すでに、

そうなっているように思います。

「海からの贈物」の中に、

アメリカでは、

婦人運動の功績のおかげで、

昔より自由になり、

いろいろなことをする機会に

恵まれたが、

婦人運動に参加した人たちは、

いかに生きるべきかということに

ついては教えなかった。


ただ、先駆者の運動は

そうなることが多く、

後から来るものの課題となる、

とありました。

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後から来た私にできることは何か、

と、進歩の裏側でできることは何か、

と考えます。

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―――――――――――――――――――

◆T.Hさんの感想

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『世界一豊かなスイスとそっくりなニッポン』、

『僕はいかにして指揮者になったのか』を、

読みました。


今は、『人間について』を読んでいます。

こんな短期間に、3冊もの本を読んだのは、

はじめてです。

○『世界一豊かなスイスとそっくりなニッポン 』

 一言で言うと、スイスについて、何も知らなかった。

 ということです。

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 スイスの美観が国際的であること。

 貧困の子どもの現状。

 ましてや、日本と似ているところがあるなんて、

 思いもよりませんでした。

 これまでの知識は、スイスが、美しい国であるが、

 永世中立国と言っても、日本とは、違う。

 ということくらいでしょうか。

 恥ずかしいです。


○『僕はいかにして指揮者になったのか』

 この本は、びっくりするくらいの早さで、

 読みました。数時間だったでしょうか。

 文章が読みやすいのもそうでしょうが、

 引き込まれました。

 人のつながりだったり、情熱だったり、

 いい意味でのいい加減さだったり、に。

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 私が購入した本は、1995年に出版したものに、

 2001年に加筆されて出版されたものです。

 

 まえがきには、15年前を振り返り、

 15年間があっという間だったこと。

 「自信満々」を演じ続けてきたこと。

 そうしたことで、

 「自信満々」が、板についてきたような気がします。

 と書かれています。


 先生が、いつだったか、

 松井やイチローは、大リーガーになる前から、

 大リーガーの自分をイメージしていた、という

 お話を伺ったことを思い出しました。


○『人間について』

 昨日から読んでいます。

 1.今西氏と対談は、1971年ということですが、

   高度成長期の時期に、今どうなっているか?を

   予想した内容。それが、当たっていることに、

   大変、驚きました。


 2.犬飼氏との対談では、犬飼氏が、日本人のことを、

   「あっけらかん」と表現され、本質をついていて、

   おもしろいと思いました。

   それで、いいのか、どうかは、別ですが。


 3.高坂氏との対談では、歴史で習った人物のこと

   語られています。歴史では、その人物像まで、

   習った記憶はなく、新鮮でした。

   最後の司馬氏のコトバが、印象的。

   「政治に、教科書はない。人生に教科書はない」

   わかりやすいことこそ、大切ということでしょうか。

 4、山村氏との対談、『人間について』は、途中です。

   山村氏は、内科学、免疫学者ということですが、

   対談の内容は、人体や病気の話より、宗教の話の

   方が多いように思います。

   

   まだ、途中ですが、

   宗教について、いろいろ考えさせられます。

   知らないことばかり。

   スイスの国のこと以上に、知らないことばかり。

   恥ずかしいというレベルじゃないです!

   

   でも、冷静に思うと、今まで、そうだから、

   無宗教のようであったから、よかったと。

   何かの宗教にはまってたら、どうなっていたかと。

   以上、読書経過報告でした。


―――――――――――――――――――――――――

◆H.Oさんの感想

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ブログでお勧めくださいました本

「世界一豊かなスイスとそっくりな国ニッポン」を、

きょう読み終えたことがきっかけです。

(読書ノートを作ったという話)

スイスの歴史も、国民性も、

囲まれた小国を守れているのは

永世中立国だからではないことも、

何も知らなかったことを知りました。


この本でたくさんの刺激を受けたなかで、

1・2位を争う情報は、

こういった文章 を

女性が書いていることだと思います。

「○○だ」「○△□であろう」など、

文体としてはさっぱりしていて、

事実が伝わってきやすい。

場合によっては男性的になりそうでも、

どこかに女性らしさを感じる。


しかし、けっして媚びていない。

スイスに対してもニッポンに対しても、

著者の立ち位置はぶれることがない。

こういったことが、

読みやすかった理由のひとつかもしれません。

そして、ハッとしたのは、最初ほうで、

「私たちの手にあるカードは、

 私たちが思っているより多いのではないか」

と、日本を表現してい ることです。


カードに気がつくこと、

そしてそれをどう使うのか。

同時に思ったのは、

謙遜をするかのように、

持っている能力を隠して、

何もできませんと言っているうちに、

ほんとうに能力がなくなってしまうことが

あるのではないかということ。

これは日本の国策についてのことですが、

国を構成する国民全体の意識として、

こういう傾向があるように感じました。

1冊読み終えた爽快感。

 気持ちよく走っていたら、

 気がつけばゴールをしていたかのようです。

 

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 読書のきっかけをくださいまして、

 ありがとうございます 。

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by rocky-road | 2017-08-27 21:03  

栄養士は「外食」でも健康を支援する。

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ときどき、初めて行った土地で

同行者の好みに合った飲食店を見つけることがある。

国内に限らず、

ハワイでもグアムでも、

パリでもボストンでも、アムステルダムでも。

「どうして、ここがおいしい店ってわかったのですか」

と、あとから聞かれる。

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「直観」としか言いようがないが、

それでは能がないので、

それなりに自己分析を試みる。

 *店頭のデザイン、ややクラシカルな風情。

 *屋号が浮わついていない。

……なんてやってみるが、

どれも感覚的で、

人に秘伝を授けるほどの内容とはならない。

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で、つまるところ、

店選びのポイントは、

とにかく数をこなすしかない、そこに行きつく。

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外から見て、

料理の適否などわかるはずがないのである。

3段階評価でいけば、

「いい」「ふつう」「ダメ」であり、

「いい」の打率が3割以下であったとしても、

「いい」評価は記憶に残り、

「ダメ記憶」は消去されるので、

相対的に「店選び名人」になれるのである。

つまり、答えは脳科学にあり、ということだ。

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とはいえ、「ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たる」でもない。

人の意見に振り回されない信念や、

コツコツ仕込んできた「食のセンス」が、

こんなところでもベースとなる。

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ところで、去る813日(日)、

58回 「食ジム」では、

「食べ歩きの名ガイドとしての『幹事力』を鍛える」

というテーマで話し合った。

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もう、この「食ジム」は

栄養士、健康支援者の思考のレパートリーから見たとき、

世界の同業者からは何十年分も先へ来てしまっている、

と見てよさそうである。

「自然とどうかかわるか」

「生きがいとはなにか」

「おもてなしの心をどう表わすか」

こんなテーマで1日に語り合う健康支援者は、

世界のどこにあろうか。

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しかし、「食ジム」が進んだ、

と考えるのは正確ではなく、

世の中が、そして健康科学が

どんどん先へ行っているのである。

つまり、栄養、運動、休養による健康促進から、

それに加えて、「ストレスコントロール」

「よい人間関係の維持・発展」「そして生きがい」

最近の長寿や認知症医学の知見も、

ますますライフスタイルとの関係を

重視する方向へと移ってきているではないか。

「食ジム」は、

そういう動きに歩調を合わせているに過ぎないのである。

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いまどき「外食は控えましょう」

などと言っている栄養士は、

完全にガラパゴスにしか生存しない固有種である。

「食ジム」では、

自分だけが外食を楽しむというところから、

さらに、その機会を人にも与えよう、

という話し合いをした。

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遠からずエビデンスが示されると思うが、

生涯にわたって外食の回数が多い人ほど、

健康寿命が高いということになるはずである。

とくに高齢期以降の外食利用率は、

健康寿命にプラスに働くことだろう。

(ホームレスやそれに近い生活をする人は別として)

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栄養士としては、

自分を除く最低5人以上の人が参加する

飲食を伴う集まりの幹事を務めることができるプロとして、

そろそろ一歩を踏み出してもいいころである。

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「それって、フードコーディネーターの仕事じゃない?」

という人があるかもしれないが、

さて、そのフードコーディネーターは

いま、社会でどんな仕事をしているのだろうか。

その肩書で仕事をしている人の数は、

栄養士に比べてはるかに少ないのではないか。

それはそれとして、

栄養士が外食の楽しいシーンをプロデュースすることは、

健康支援の仕事の一環なのである。

つまり本業の延長線上にあるわけだ。

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現在のところ、

その役割に気づいている栄養士、健康支援者は、

全国の同業者に対して

0.00数%というレベルだと思うが、

健康をサポートすることは、

楽しさをサポートすることにも通じるから、

食シーンの幹事力は、

今後の「専門性」の一部になるし、

直接・間接的にビジネスチャンスにもなる。

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これまで、栄養士さんには各地でお世話になったが、

「ご招待」の宴席を、地図を見ながら

一緒になって探し回ったことが何回かある。

インターネットで調べたから、

すっとは行きつけないというのである。

途中で、「直感」が働いてしまって、

「ここのほうがいいのでは?」と思うところがあっても、

そこを素通りする辛さは、「名ガイド」(?)としては、

なんとも辛かった。

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そこで、

「食シーンのための幹事マニュアル」の

お試しポイントをあげておこう。

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1.使う店は、一度は飲食をし、評価が定まったところを。

2.初めて幹事になったときは、

  候補の店を訪ねてチェックしておく。

  (1軒を決めるのに5軒も試食した、

  というようなことがないように、普段から利用する)

3.合格したものは手帳に記録する。

  住所録などに「飲食店」というコーナーを設けて、

  記録する。

  (途中で閉店や移転があるからときどき更新)

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4.最初はメディア情報であっても、

  インターネット情報であっても構わない。

  チェックさえしてあれば。

  ただし、そのネタばらしは自分からはしない。

5.人を連れていくとき、「おいしいから」と

  あまり前宣伝をしない。

  「お口に合うかどうか自信ないけど、

  私はおいしいと思ったので」くらいか。

  「あの人が選んだのだから安心」と

  いわれるようになるまで、修業は続く。

6.こういうキャリアを積むためには、

  お酒は少々、飲めるほうがいい、

  食材や料理の好き嫌いは大人としてダメ。

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7.いくつもの店のストックを持っていると、

  相手により、時間帯により、目的によって、

  最適な店を選ぶことができる。

8.どんなに行きつけになっても、

  店の人と親しくなり過ぎない。

  売り手と買い手の立場は堅持する。

9.以上のことを「幹事になったときのために」

  という構え方で処するのではなく、

  自分の食生活にバラエティをもたせる、

  人生の楽しみ方の1つ、

  というくらいの考え方で、軽~く流していく。

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さて、いつ、あなたのおすすめのお店で

みんなで歓談できるのかな?


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by rocky-road | 2017-08-17 23:30  

「友の愛を入れてほしい」

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去る723日、

食コーチングプログラムス

継続的に行なっている

「栄養士のライフデザイン

 いま、5年後、10年後……。」

というセミナーに特別講師としてお招きいただき、

講話をする機会を得た。

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ポイントは3つ。

1.現在の立ち位置の把握。

  現職についてどの程度満足しているのか。

2.栄養士・健康支援者の方向性。

  20年前、10年前とは

  栄養士・健康支援者の仕事のあり方は

  かなり変わってきており、

  これからも変わっていくだろう。

3.ライフデザインの描き方。

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健康支援者に限らず、

いまの日本人の多くは

国や自分の行く末などには関心がうすく、

生きている実感さえなく、

日々をついでに生きている。

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周辺の複数の国が、

日々、軍事力を強化し、

間近で軍事的威圧を続けているのに、

わが国会やマスメディアは、

どうでもいいようなちっぽけな案件を

争点にしたりニュースにしたりしている。

平和ボケもここまできた、

と認識しておく必要がある。


ついでにいえば、

国民が日用雑貨しか買わなくなったから、

国会もマスメディアもコンビニ化して、

清涼飲料やサンドイッチ程度のものしか

扱わなくなった、ということである。

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新聞やテレビ、ラジオの

政治や時事問題を見るときには、

自分がコンビニの店頭に立っていると思えばよい。

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健康支援者としては、

平和も健康も、ある頂点を超えると

今度はマイナスのほうに向かい始める、

という点は押さえておく必要がある。

つまり平和や健康も、

限度を超えると逆走する可能性がある。

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人間は、栄養以外にも、

心の栄養、つまりモチベーションを補給して生きる動物だから、

先になんの展望もなく、

その日暮らしをしているタイプは、

一見、極楽の生活のよう見えても

パワーダウンで失速する。

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栄養士、健康支援者の仕事の質も大きく変わりつつある。

食コーチング」は

生きがいづくり」をテーマにしているように、

少なくとも栄養士も、

いつまでも話題を食卓まわりに限定して、

すましているわけにはいかない。

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なのに、「生きがいづくり」のプロ自身が、

自分の人生をどう生きるか、

展望を持っていないのでは、

登山経験のない山岳ガイドのようなもので、

人を安全にガイドすることなどできはしない。

ところで、

去る718日に、105歳で亡くなった

日野原重明先生には、

かつて『栄養と料理』の誌上で

香川 綾先生との対談に出ていただいたことがある。

確か、聖路加病院までお迎えにあがった記憶がある。

当時、日野原先生は79歳、

綾先生は91歳だった。

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対談のタイトルは

どの人みたいになりたいか、

探してごらん。」

サブタイトルは

「〝健康な心〟を語る。」であった。

健康な生き方について、お2人のプロが語り合う、

有意義な対談であった。

日野原先生は、この中で、

電車の中で出会う高齢者を見て、

自分の将来のカタチをイメージするとよい、

ともおっしゃっている。

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そして、結びのところで、

こんなことを話しておられた。

長くなるが、紹介しておこう。

日野原氏の発言。

 

 講演のときに、こういうことをよく言うんですよ。

 みなさんが死ぬときに閻魔(えんま)さんが

 出てくるかもしれませんよ。

 そのときに、あなたの生涯の中で、

 あなたが人から、親でも、先生でも、社会でもいい、

 とにかくだれかからもらったものと、

 あなたが人に与えたものと、どっちが多いかを

 はかりにかけるとしたらどうか、とね。

 もらうばっかりで、人に与えなかった人、

 できるだけ与えようと努力した人……、

 そのバランスは死ぬときに自分でわかると思います。

 私がそう思うようになったきっかけは、

 タゴール(インドの詩人、哲学者)の詩です。

 タゴールが80歳くらいのとき、

 来年の自分の誕生日には

 もう自分はいないだろうという遺書のような詩を作っています。

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 その詩というのは、

  「私がさげているずた袋はすっかり空になった、

  与えることのできるものはすべて与えつくした。

  その空になったずた袋に

  なにかほしいものを入れられるのだったら、

  私が犯した罪の許しを入れてほしい、

  そして友の愛を入れてほしい。

  それをさげて、

  私は三途の川を渡ろう」

 という意味なんです。

日野原先生にして、

やはり生き方の手本となる人が存在した。

(タゴールはその中の1人にすぎない、だろう)

日野原先生の死生観は、

旧来の地獄か極楽か論を思わせるが、

現代の健康論でいえば、

人に与えるもの、貢献できる力がある人ほど、

健康度が高くなる、健康寿命が延びる、

ということになるだろう。

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くだんの

栄養士のライフデザイン

 いま、5年後、10年後……。」セミナーでは、

人生の地図として、

名作といわれる文学作品を読むといい、といったが、

考えてみると、文学を読みつけない人には、

シンドイかもしれない。

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そこへのつなぎとして、

いくつかの本が頭に浮かんだ。

あえて「厳選」せず、ジャンル不問であげておこう。

比較的軽く読めるものばかりである。

手元にあるものは写真に撮ったが、

デザインが変わっているものがあるかもしれない。

『海からの贈物』は、紛失中で写真なし。

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*海からの贈物

 (新潮文庫) 文庫

 アン・モロウ・リンドバーグ (), 吉田 健一 (翻訳)

 女性の生き方を述べた短編のエッセイ集。

 ダイビングの入門書ではない。

 小林カツ代さんが好きだった著者でもある。

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*人間について(司馬遼太郎対話選集7

 (文春文庫)


*僕はいかにして指揮者になったのか

 佐渡 裕著 (新潮文庫)


*世界一豊かなスイスとそっくりなニッポン

 川口マーン恵美著 (講談社α新書)

 これの前に『住んでみたドイツ……』が出ている。


*日本人へ リーダー編

 塩野七生著(ななみ) (文春新書)


*思考の整理学

 外山滋比古著 (ちくま文庫)


今回はここまで。

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by rocky-road | 2017-07-31 22:17