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受賞経験、ありますか。

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毎年、429日に開催している写真教室に、

アドバイザーとして来ていただいている

井出哲哉氏が、地元の『信濃毎日新聞』が

開催している「課題写真コンクール」で入選をした。

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タイトルは「ハッピーメール」。

昨年のパルマローザ主催の

ブラッシュアップセミナーのとき、

休憩時間に撮った1点である。

パソコンでユーチューブの画面を

みんなで見入っているときの写真。

そのユーチューブ映像も、

実は井出氏が投稿した動画作品だった。

フォトコンへの私の応募歴は

あと数年で70年というところだが、

自分がモデルになった写真が入選した

という体験は初めてである。

被写体として入賞に貢献したことになる。

自分もついにモデルとして、

フォトコンを狙える日が来たようである。

さて、前述のことし29日の写真教室でも、

長崎から参加した

塚本初音ちゃんの撮影した作品が、

私の審査を通って佳作に入選した。

かつ、入選作のモデルにもなっている。

このところ、この傾向が続いている。

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私のフォトコン初入選は中学1年のときだから、

小学生で入選を重ねている初音ちゃんの場合、

このまま続ければ、

私の入選歴記録は破られる。

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さて、ほとんどのフォトコンテストは、

合否の結果だけが

紙面や郵便、電話などで知らされる。

(近年はネット上で)

若干のコメントがついてはいるが、

さらっとしたものである。

その点では、

水中造形センター発行の『マリンダイビング』誌が

長年続けている水中写真コンテストでは

大いにお世話になり、勉強させていただいた。

オーナーの館石 昭さんのほか、

当時、よく知られた写真家、漫画家、作家が

審査員として加わっていた。

ムツゴロウさん(畑 正憲氏)もそのお1人で、

私がグランプリをいただいたときも、

ムツゴロウさんが審査員のお1人だった。

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入賞作品は、授賞式を兼ねた発表会で

スライド映写機で拡大されて映写された。

そして入賞理由を全選者が述べてくれた。

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とりわけ水中カメラマンである館石さんのコメントは

「魚が真ん前より少し過ぎている。

コンマ何秒か早くシャッターを切るべきだった」

「青を強調するには、もう少しカメラを右に振って、

太陽光が差し込まない遠景を取り込むとよかった」

などと、現場感覚を生かしたコメントで、勉強になった。

これを年1回、私は20年以上聞き続けたから、

写真の鑑賞力を鍛えるのに役立った。

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いまはデジカメの時代から

スマホ全盛の時代へと移った。

写真は美術的鑑賞物というよりも

日常的コミュニケーションのメディアの1つとなった。

しかし、映像を鑑賞し、評論することは

やめられないし、やめてはいけない。

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身だしなみに出来・不出来があり、

献立に適・不適があるように、

どんなに日常化しても、

写真の鑑賞物としての存在感は

けっして失われることはないだろう。

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日常化は、

美意識と対立する現象ではないはずである。

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by rocky-road | 2017-05-18 23:47  

2017年 パルマローザ写真教室 作品講評。

2017429日(祭日) パルマローザ 写真教室

当日撮影写真のコンテスト  作品講評と受賞作品


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ことしも晴天に恵まれた撮影日となった。
横浜中区元町の高台にあるアメリカ山公園からスタートし、

インターナショナルスクールの≪フードフェア≫、

そして大桟橋と、3か所を撮影ポイントとした。

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被写体はいくらでもあるが、むしろモチーフが多すぎて、

何を、どう撮ればよいのか、迷う人も多かったように思う。

写真教室10回目ともなると、

初参加の人の割合が減るため、

基礎的なレクチャーを省いてしまう。

しかし、応募作品を見て、「これではいかん」と、

大いに反省させられた。

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初参加の人のある・なしにかかわらず、

つねに初心者中心に進めてゆく必要がある、

全スケジュールとまではいかなくても、

1つの被写体を全員に撮ってもらうという、

文章のトレーニングと同様、

「書写」のような手順は毎回、
やっておく必要があると思った。

というわけで、

ことしも「金賞」はなしとした。

これまでのコンテストのレベルを基準とした。

このコンテストに限らず、

ネーミングには少なからずの注文があるので、努めて触れた。

世界のフォトコンで、
ここまでタイトルに注文をつけるところは、

たぶん、ないはずである。

*銀賞、銅賞、佳作の入選者には賞品を呈します。
当日講師、審査係 大橋 禄郎



銀賞

タイトル
「不思議の国が見えるかな? 」

撮影 米澤 須美さん(東京都 管理栄養士)

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【評】

壁の向こう側に何があるのか、
大人でものぞきたくなる意味ありげな門。
それをのぞき込む少女の形と位置がいい。
白い服装には季節感も出ている。
壁と周囲の風景の取り込み方、少女の配置など、
構図意識の高い作品。
タイトルも少女の夢を代弁しているようで納得できる。

銅賞

タイトル
「ハートを掲げて!」
撮影 さいとうかずさ君 (東京都 中学生)

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【評】

出航直前の豪華客船を見送るセレモニーのスナップ。
白い環境の中でハートの赤い旗が引き立っている。
動きの速い旗振りのパフォーマンスをジャストタイミングでとらえた。
タイトルの「ハートを掲げて!」は、
見たまますぎてでもったいない。
この写真を見る人の共感を得るには、
出航船を見送るセレモニーであることを伝えるタイトルがほしい。
たとえば、「楽しい船旅を」または「ボン・ボワイヤージュ」

佳作

タイトル
うれし恥ずかし
撮影 砂野 知香さん (岡山県  管理栄養士)

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【評】
フェイスペインティングの様子。
両者に思い切りよって、描く人の真剣さ、
描かれる人の気恥ずかしさがよく描写されている。
自由にカメラポジションを選べない事情はあるだろうが、
どんな絵が描かれているかを説明したい。
現場を見ていない人には、何をしている場面かが、
すぐにはわからない可能性があるので、
タイトルでそれを示しておく必要があるだろう。

佳作

タイトル
ローズタワー
撮影 甲斐 和恵さん (神奈川県  管理栄養士)

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【評】
バラの花に思い切り寄りつつも、
遠景のマリンタワーを入れ込み、撮影地をも表現している。
バラの露出は見事。やや花の配置が乱れ気味で、
花の構図にもうひと工夫を。
遠景のマリンタワーは、「ローズタワー」というからには、
もう少しはっきりと出してもいいように思う。
被写界深度を考えた撮影技法があるはず。

佳作

タイトル
「十歳のきらめき」

撮影 塚本 剛志さん( 長崎県 工務店経営)

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【評】
反射の強い海面をバックにしながらも、
少女の表情、ペイントされた頬の模様までも手堅くとらえている。
カメラを高く構えながらも、
背景の沿岸風景を入れて臨場感をうまく出しているのもよい。
モデルの柔らかい表情は、まさに「十歳のきらめき」。 
縦に長細くしたのはトリミングなのか。
その効果は出ている。


佳作
タイトル
White flower

撮影 塚本 初音(はつね)ちゃん(長崎県 小学生)

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【評】
白いバラの踊るような配置が生きている。
花を撮ったというよりも、花のダンスを撮った、
と理解するのが妥当だろう。
花はつねに「静物」として撮る必要はない、
ということを教えてくれる作品。
タイトルの「white flower」はいけない。
そのまんま過ぎる。
そもそも英語のタイトルにする必要もない。
せめて「フラワー ダンス」くらいにしては?

その他の作品

タイトル

「あれ?私が撮られてる??」
撮影 さいとうはる子さん (東京都  管理栄養士)

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【評】
手前に2人の一部分、鏡に反射する人たち、
花壇、木々……要素が多すぎて、
写真のテーマがわからない。
タイトルの「あれ?私が撮られてる??」も、
私がどれなのかがわからず、一人合点。
写真も表現であり、コミュニケーションなのだから、
相手に自分の感興を伝えなければならない。
テーマ意識を持って光景を切り取ること。

タイトル
「プリンセスダイアモンド号 出航!」
撮影 影山なお子 (管理栄養士 パルマローザ主催)

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【評】
クルージング中、
横浜に停泊した大型客船が、いま出航するところ。
乗客の一部が最上部甲板に出て、
見送る人たちや大桟橋の様子を見降ろしている。
雲や人の配置がおもしろいが、行列する人たちが、
船上の人なのか見送る人なのかは、これを見て判断しにくい。
これこそ縦位置に構えて、船体の一部でも写し込めば、
もう少し雰囲気が出たことだろう。
タイトルは作品をよく補っている。

タイトル
「拝啓 夕陽とみなとみらい」
撮影 さいとうあいかちゃん(東京都 小学生)

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【評】
夕景の撮り方を心得ている作品。
たそがれ色の出し方や構図に不備はない。
太陽の位置もおもしろい。まさに「よこはま たそがれ」。
これにアクセントを加えるには、
できればヨット、カモメ、それがムリなら人影などを写し込む。
写真はシャッターチャンスも評価の対象となる。
タイトルの「拝啓」はいらないのでは?


タイトル
「キャンバスに向かう」
撮影 塚本ゆみ子さん (長崎県  管理栄養士)

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【評】
花壇のある公園の風景を描いている人を背後から撮影。
よく見る光景だけに、インパクトは弱い。
こんなときは、反対側から、花の数輪をメインにして、
遠景に絵を描く人という構図にすると、いくらか変化が出る。
「キャンバスに向かう」というタイトルも、いかにも穏やか。
撮影にもネーミングにも、もう少し気合を入れたい。

タイトル
「横浜イケブリッジ」

撮影 みなきまゆみさん (東京都 管理栄養士)

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【評】
ポジショニング、カメラアングル、
シャッターチャンス、構図は見事。
なのに、作品としての魅力に欠けるのは、
この状況がわかりにくいためだろう。
噴水池の縁に手をかけて寄りかかっているポーズであることは、
現場にいた人にしかわからない。
1枚写真の辛いところは、鑑賞者に納得し、
共感してもらってナンボであるという点。
「横浜イケブリッチ」も、ひねってはいるが、
意味が伝わらない。


タイトル
「馬車の通る道」

撮影 三奈木博文さん (東京都 会社経営)

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【評】
逆光で撮ったにしても、いかにも暗い。
まだ日のある時間帯の写真を、
ここまでアンダー露出で撮ることはないだろう。
瞬時のことで露出補正ができなかったとすれば、
パソコン上で明るくすることはできるはず。
大きなコンテストでも、
パソコンによるトリミングや露出補正は許されている。
構図はいいのだから、プラス補正をして保存しておこう。


タイトル
「 人気の被写体ナンバーワン。」

撮影 奥村 花子さん(東京都 Hanaヨガ&食スタジオ主宰 管理栄養士)

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八重桜の木の下から、公園の風景を撮った、
構図に工夫を感じる作品。
が、露出は遠景のほうに合っていて、桜の花は暗い。
上半分に覆いかぶさった花が重く、絵の美しさを阻害している。
背景の人の動きもわかりにくい。
一般論として、撮影会のとき、
モデル側からカメラマンを撮るのはご法度。
みんなのカメラに邪魔者が写ってしまうから。
撮影会では怒鳴られるケース。


タイトル
「蛇の目傘の二人 」

撮影 岩崎 智子さん (広島県 管理栄養士)

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2体のこけしをアップで撮った作品。
ワイド側で寄って撮ったため、
レンズの歪みが出て、2体の距離があいてしまった。
見方によっては「私、いや」と避けているようでもある。
ここは少し離れて、ズームで寄ると自然に撮れる。
献立などを撮る人が習得しておきたい基本的な撮影技法。
タイトル「蛇の目の二人」は、
作品としてのパンチの弱さを反映して、いかにも平凡。

タイトル
「YOKOHAMAネイビーブルー」
撮影 植村 寿香さん (千葉県 管理栄養士)

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2人の楽隊員を真横から撮った作品。
一部ながら穏やかな表情が感じられる。

「楽隊」と言ったが、この写真だけを見た人には、
この服装の意味はわからないだろう。
「ネイビーブルー」としたからには、
帽子のデザインを表現したかったのかもしれないが、
そうだとしたら色彩不足、説明不足、そしてインパクト不足。
やはりこの女性のチャーミングな表情を正面側からしっかり狙いたい。

タイトル
「花の隠れ家」
撮影 佐藤由起子さん (東京都 管理栄養士)

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公園の一角にある休憩スペース。
周囲は花々に囲まれている。
文句なくさわやかな環境だが、
この写真からはそれが感じられない。
むしろ雑然としていて目を引きつけるポイントがない。
ある風景に向けて無造作にシャッターを切っても、
テーマは浮かびあがらない。
ひょっとして、「隠れ家」とは、
この雑然とした世界こそ、逃亡者にとっての格好の場所、
という意味なのかもしれない。
刑事が踏み込む直前に撮った証拠写真の1点というのなら納得。

タイトル
「二輪ざし」
撮影 佐藤 裕さん (東京都 食品会社)

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夕日をバックにした記念写真、
だれもが一度は撮りたいと思う情景である。
最近は、そういうニーズに応えて、
「夕日モード」を組み込んであるコンパクトカメラが多い。
その仕組みは、露出は背後の夕日に合わせ、
人物にはストロボ光を当てるというもの。
この写真のように、顔が丸つぶれでは記念写真にもならない。
「二輪」の花は、もっと輝いていたはず。

大橋作品――――――――――――――――――――――――



                   
                     飛び石連休

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アメリカ山公園の地元ミツバチ



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マリンタワーの初夏

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屋根より高~い 


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いまも馬車道

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豪華客船出航


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ビーチサイドレストラン

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by rocky-road | 2017-05-09 21:29  

外食は、人類をさらに幸せにする。

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ゴールデンウイークの真っただ中に設定された

「講話・講演におけるテーマ力を引き出す。」の

終日2日間にわたるセミナーが終わった。

54日、5日 横浜市技能文化会館)

もともとは、1030分程度の講話依頼を受けた人から、

どのように対応するものかと、

相談を受けたことがきっかけで始まったこのシリーズ、

あっという間に第4回にまで至った。

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栄養士、健康支援者に限らないが、

講話(ここでは5分~20分程度の小規模の講演のこと)や

講演(演題のついた30分以上の中・大規模のもの)

をする機会は、そうそうあるものではない。

それでも、栄養士は、その機会が多いほうではないだろうか。

しかし、その割にはトレーニングの機会がない。

そこで、影山なお子さんの≪食コーチング プログラムス≫が

開催したという次第。

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今回は、「テーマ力を引き出す」がテーマ。

講話や講演は、報告や説明とは違って、

聞き手の印象に残る考えや提案、思想、感性の提示がほしい。

自己紹介は、基本的には自分の属性を説明することである。

氏名、所属、その会との関係、

場合によっては出生地、出身校、趣味など。

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しかし、意識の有無は別にして、

テーマ性のある自己紹介をする人はいる。

「……それできょうは、こういうことを目標にして

この会に参加しました。

それは『5人のいい人とお知り合いになる』ということです」

このフレーズを入れることで、

この人の自己紹介は、みんなの印象に深く残るだろう。

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今回のセミナーは、演習中心。

栄養士を対象とする講演会で

「『外食はなるべく控えましょう』

という食事相談からどう脱却するか。」が課題。

参加者にプロット(筋書き。構想)と、

テーマを考えてもらって、

それをプレゼンテーションするというもの。

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かなりの苦戦が感じられた。

テーマ以前に、プロットのところでつまづいてしまう。

イントロ部分で、同じようなことを

複数の項目でいおうとする傾向、

どう答えを聞くつもりなのか、

聴衆に問いかける形式になる傾向などがうかがえた。

項目のダブりや問いかけ型は、

どちらも、言いたいこと、

さらには着地点が見えていない状態を現わしている。

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それを実感しての講師の反省。

プロットのコツは、そう簡単に身につくものではなく、

少し先を急ぎ過ぎたかもしれない。

「起承転結」や「序破急」など、

いろいろの柱の立て方(つまりプロット)があるが、

このトレーニングをもっとやっておく必要がある。

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プロットは、講話、講演に限らず、

少し長い、または重要な手紙、

論文、各種文章、動画の編集などにも必要となる骨組みである。

2本、柱3本、柱4本……。

内容と分量によって、柱の数は違ってくる。

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「『外食はなるべく控えましょう』という

食事相談からどう脱却するか。」についていえば、

1.なぜ、「外食は控えましょう」といってしまうのか。

2.外食はほんとうに健康によくないのか。

3.食事のよしあしの評価基準。

4.外食を否定しない栄養士像。

こんなプロットを立ててれば1時間~3時間程度の

講演はできるだろう。

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では、講演のテーマはなにか。

それはたとえば、

「人類の歴史は衣食住を分業する歴史でもある」

としたらどうだろう。

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家を自分で建てる人は少なくなったし、

衣服を自分で作ったり繕ったりする人も激減した。

では食は?

食も、とっくに分業が始まっていて、

それゆえに

人類はさらにアクティブに

さらに楽しみを広げ、

そして健康寿命を延ばすことになるだろう。

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by rocky-road | 2017-05-07 23:37  

春は名のみ……♪ ♬

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従兄が89歳で他界したため、

通夜と葬儀のために、

新潟県長岡市にある自宅に行き、

その後、通夜と葬儀に参列してきた。

自分では覚えていないが、

20年ぶりの訪問だとか、

向こうでちゃんと覚えていてくれる。

いつも法事のときに出かけていくようだ。

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さかのぼれば、

小学生の低学年の時代、ここに疎開していた。

田園地区で、戦争がどこで起こっているのか

まったく感じられない地域だった。

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もっとも、

昭和19310日までの東京空襲を体験し、

「いよいよ」ということで

ここに疎開したのである。

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疎開中に、今度亡くなった「いとこ」からは、

いろいろと田舎暮らしを学んだ。

マムシの捕らえ方、殺し方、皮のはぎ方、

串の刺し方、いろりでの焼き方、

イナゴの生食の仕方などなど。

だからどうした、という話でもないが。

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こういう生活がよほど性に合ったらしく、

戦争が終わってからも、

しばしばここを訪れた。

そのため、父の実家とはいえ、

東京生まれの私だけが、

いちばん多く、ここを訪れたことになる。

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それはさておき、

このところ姉や兄、いとこの葬儀が続き、

その長男たちの法事のあいさつを聞いた。

「商売柄」というヤツで、

無意識的に「あいさつ」を評価をしてしまう。

その範囲でわかったことは、

父親のリーダーシップや表現力、

気働きなどが、息子のコーディネート力や

「あいさつ力」に少なからず影響を与える、

という傾向である。

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親族の法事のあいさつなど、

トレーニングする機会も場もないから、

ぶっつけ本番にならざるを得ないが、

それでも、親の言動は子に伝わっていて、

あいさつのできる親の子は、

それなりに形がいい。

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以前、友人の母親が亡くなったとき、

彼は母親の略歴を、クールな、

しかし、その生きざまに対する敬意のこもった

実に味のあるあいさつをした。

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一般論として、

故人となった男性の経歴は、

詳細に語られることが多いのに対して、

著名人ではない「母」や「妻」の経歴は、

ほとんど語られることはない。

しかし、その友人は、

そういう常識を破って、

参列者に対して見事な謝辞を述べた。

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これには大きな影響を受けて、

義母の葬儀のときに、自分でも試みた。

取り込んでいるときに、

義母の経歴を聞き取ったり確認したりするのは

楽なことではないが、

故人に対する敬意は示せたと思う。

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実の姉兄の葬儀の話に戻るが、

このとき、喪主の長男が、

実弟である私に

ひとこと求めてくれたのはありがたかった。

というのも、元気なころの姉の声を

留守番電話に入っていたテープからとって、

小型ラジオを用意して持って行ったからである。

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こちらから言い出す前に、

喪主から声掛けがあったのは自然でよかった。

準備をしておけば、

「チャンスはむこうからやってくる」

と、いつか、だれかに聞いたことがあるが、

確かにそうだと思った。

20秒、姉の声をみんなで聞いた。

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この4月は、

知人ではないが、

親しみを感じていた2人の方が亡くなった。

お一方は、上智大学名誉教授の渡部昇一氏。

1970年代以降、『文藝春秋』や『諸君!』誌上で

氏の論文を読み続けてきた。

ごく最近も『WiLL』5月号で読んだばかり。

知識の点でも考え方の点でも

大きな影響を受けた論客である。

1930年(昭和5年)生まれ、

2017417日没、86歳。

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もうお一方は、ペギー・葉山さん。

ジャズシンガー。

私がいまも愛唱する「爪」「学生時代」などを歌っていた。

近くの寺が毎年開催する「桜コンサート」にも

来て、歌ってくれたのは数年前である。

2017412日没、83歳。

合掌。


by rocky-road | 2017-04-27 22:08  

きょうも、ダイビングシーズン。

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毎年4月初旬は、ダイビング関係の2つのイベントがある。

この状態は少なくとも34年間に及ぶ。

「これからはダイビングシーズン」などというのは

部外者の言、または「ときどきダイバー」の言。

休日中心に活動をしてきたから、

元旦をはさんで、

年末・年始に海に入ることは珍しくなかった。

ダイバーにとって、

「ダイビングシーズン」は1年中である。

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少し余裕が出てくると、

日本の季節に関係なく、

いま夏の国に出かけて行って潜った。

? 夏を追いかけて ♪」である。

ご来光を海外の海で見ることはしばしばあったが、

日本で見るほどの感興はないことを知った。

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47日、8日、9日の3日間開かれる

「マリンダイビングフェア」は、

水中写真コンテストの作品発表展、

プロカメラマンのトークショー、

ダイビング関連機材の展示会、

世界のダイビングスポットのブース展示などがある、

華やかなイベントである。

(東京池袋のサンシャイン/文化センター)

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ここで気がついたのは、

フォトコンテスト入選作品のタイトルに

「擬人化型」が激増したこと。

「擬人化型」とは、

被写体となっている生物の立場でネーミングすること。

「きれいでしょ?」「何、見ているのよ」「仲よくしようよ」

などと、生物がしゃべるパターン。

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このネーミングは、かつては女性に多かった。

しかし、今回見ると、男性応募者にも多い。

ここからうかがえるのは、

生物の名や生態を検索するという

トレーニングができていないこと。

おそらく図鑑を持っていないだろうし、

インターネットで調べる発想も根気もない。

そして、もしかして「草食系男子」の増加。

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水中写真は、「ネイチャーフォトグラフ」

というジャンルに属する。

この場合は、生物の個体名を入れたい。

自然への興味、自然をたいせつに思う心は、

そこから始まる。

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大橋作品 「イワシの春」

17回 水中写真コンテスト グランプリ

昔、水中写真作品の好ましいネーミング論を

『マリンダイビング』誌に何回か書いたことがある。

ダイビング雑誌には、

そのようにして、

読者をリードする責任がある。

が、いまや、編集部にはその必要を感じる人間が

いないのだろう。

さて、415日には、

久々に「水中映像祭」に出かけた。

私が何人かの友人に

共同発起人になってもらうことをお願いして立ち上げた

水中写真の勉強会を中心とするサークルである。

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スタートは19834月。

1回の「水中映像祭」を開催してから34年になる。

私は第20回まで運営してきた。

後継者を育てた覚えはないが、

みんながあとを引き継いでくれて、

そこから数えても13年になる。

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スライドショーという発表形式は、

当時の日本では一般的ではなかった。

持ち時間5分の中で、

3080枚のスチール写真を

一定のストーリーに組み立て、

プロジェクターにセットし、

自分の直感的なタイミングで絵を送っていく。

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一種の演奏である。

あらかじめ用意したBGMやナレーションを使って

海の美しさ、生物の生態、旅の体験などを

映像表現してゆくのだが、

緊張して、プロジェクターのボタンを押す指が

震える人も少なくなかった。

自家用のプロジェクターを持っている人はいないので、

会の機材を使っての練習日を設けて、

晴れの「映像祭」に備えた。

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それがいまは、パワーポイント時代。

自宅で整えたデータを持ってきて

パソコンにセットするだけ。

そういう時代、つまりこの十数年間、

私は、この方式で作品作りをしていないが、

しばしの局外者となって鑑賞して感じるのは、

機材や発表システムは発達しても、

コンテンツ、つまり作品の質は、

そう飛躍的に進歩はしていない、ということ。

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現役時代は、「テーマが大事」と言い続けてきた。

数十枚のカット、つまり「点」を並べると、

なんらかの意味、テーマを求められるようになる。

「で、なにを言いたいの?」

映画を見てきた人の報告、

コンサートに行ってきた人の報告、

講演会に行ってきた報告、

どの場合も、ひととおりの流れを説明すると、

「で、どうだった?」と、感想を求められる。

極論すれば、その「求められるモノ」がテーマである。

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もっとも、最近は、映画のストーリー、

コンサートのおもな楽曲、

講演会の講師名、演題さえも

正確に伝えられない人が多い。

せめてしばらくは、

プログラムくらい持ち歩けよ!!!

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が、「第34回 映像祭」では、

テーマという点では、

大半の作品がクリアしていた。

「海はきれいだった」だけではテーマにならない。

「タコはこんなふうに擬態する生物である」

「海中の生物の色彩は、どんな光学的理屈で

人間の視界に入ってくるものであるか」

これがテーマである。

「京都の紅葉は真っ赤っか。水中にも赤い生物がこんなに」

さて、これがテーマになり得るか。

評価が分かれるところだろう。

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かつては、スチール部門、

8ミリフィルム部門、

ビデオカメラ部門と、

3つにパート分けをしていたが、

いまは、スチール(静止画)と動画とを

1作品の中で自由に使えるようになった。

表現の幅はそれほど広がったが、

人間の表現力はたかが知れている。

それを実感できることは、

失望ではなく希望である。

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まだやるべきことはゴマンとある。

それが希望でなくてなんだろう。


by rocky-road | 2017-04-17 14:03  

「民度」の捨て方、拾い方。

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過日、近くのJR駅構内のゴミ箱に、

大きな紙袋を押しこもうと苦戦している女性を見かけた。

なんとかゴミ箱に押しこんだと思ったら、

今度はビールの缶を2個、

それに清酒の5合びんを1本を、

「ペットボトル」「缶」の回収箱に押しこんでいる。

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状況を察したので、

「それ、みんな、電車の中で

あなた1人が食べたり飲んだりしたものなのですか」と

声をかけてみた。

「そう」と、彼女は答えて、

こちらに注意を向けることなく作業を続けている。

「ちょっと、顔を見せて」と私。

顔半分をこちらに向けた。

「それだけ飲んで、顔にはまったく出ませんね」

「そう」と無表情に彼女。

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50歳代の人だろうか。

家庭のゴミを駅の構内に持ってきて

捨てていこうという魂胆が一目でわかる。

彼女は咎められているという認識を持つまいと 

まったくひるまず、無表情を保つ。

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そこで、

「あなたは、肝臓も強そうだけど、

心臓はそれ以上だね」と言ってみた。

今度はさすがに「そう」とは言わず、

足早にホームに向かって走っていった。

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いまから50余年前の

196410月の東京オリンピックの前年、

国鉄(当時)の山手線車内で

酔った男2人が、座っている女性のひざに

代わる代わる腰を下ろすのを見かけた。

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1人で2人の男を相手にするのはムリだと思ったので、

近くにいた自衛官に声をかけた。

「やめさせたいので手伝ってほしい」と。

が、彼の答えは冷たい。

「制服を着ているのでそういうことはできないんです」

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なぜか私は納得して

(国は守れても1人の女性の安全は管轄違いで守れない)、

車掌に伝え、駅員に伝え、ラチがあかないので、

けっきょく、東京駅の鉄道公安室に駆け込んで、

状況を説明した。

と、そこにいた公安官の答えは

「相手は動いている電車の中だから

つかまえられません」であった。

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この顛末を新聞の投書欄に投稿した。

それが新聞に出た日、

鉄道公安室長が、

私の不在のわが家にやってきて、

謝罪していった。

なんと、ショートケーキ30個を手土産に。

オリンピック開催を控えて

「公徳心」を高めよう、

という運動が盛んになっていたころである。

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あれから50余年、

そして戦後、70余年、

長い間、日本人の「民度」の正体を見てきたので、

駅の構内に家庭のゴミを捨てていったり、

構内に自転車で入ってきたり、

駅のトイレの洗面所で

髪を洗う若者を見かけても、

驚くほどのこともない。


むしろ、

こうした大人の甘え行動は

日本ののどかさを示す「原風景」なのかもしれない。

が、しかし、

その「のどかな国」日本は

「地下鉄サリン事件」によって、

無差別テロの不名誉な先進国になってしまった。

ソフトターゲットを狙うテロにしてみれば、

こういう「ゆるい民度」の国は

狙いやすいのかもしれない。

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と、思いたいが、そうはいかない。

ニューヨークでもロンドンでも、

パリでもサンクトペテルブルクでも、

そして、バリでもマレーシアでも起こった。

テロの起こり方、起こし方に法則性はない。

思想や宗教、民族、格差、貧困、支配と被支配……

どんな論法ででも理屈は作れるが、

多分に後づけの解釈や理屈である。

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確かなことは、

それが人のモチベーションであること、

凶器には、火薬や武器、毒ガス、自動車、

飛行機などを使うこと。

つまり文明が生み出した道具を使う。

文明は、道徳心や公徳心を否定したがるのか。

そんなことを考えつつ、

渋谷のスクランブル交差点を渡るときには、

どんなタイミングでテロリストを発見するか、

あるいは、いざというとき、どう避難するか、

ハリネズミのように気張って歩いている。


だというのに、

そんなスクランブル交差点のド真ん中で、

ウエディングファッションの2人が

記念写真を撮っている場面にぶつかった。

スクランブル交差点は、

外国からの旅行者にとって

すっかり観光スポットになっているのを

改めて感じた。

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5分もすれば警察官が来て、

スクランブル・ウエディングを中止させる、

だろうと思ったが、ずっと続いていた。

「ゆるい民度」の国から、

「ゆるい民度」の国にやってきて、

交差点のド真ん中で「誓いのキス」をする風景は、

なぜか許せる光景だった。

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「あなたのドレスはきれい、

きっとハートもきれいなんでしょうね」

と声をかけずにいた自分を

ほめてやりたいと、思う。

「粋」の文化の後継者にはなれないが、

「野暮」を避けたい文化の後継者としての自負は、

ひょっとして、いくらか残っているのかもしれない。

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ちなみに「民度」の定義。

「人民の生活や文化の程度」(広辞苑)


by rocky-road | 2017-04-05 16:36  

信仰も健康も……。

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ロッコム文章・編集塾の塾生から

宿題として提出された文章に、こんなものがあった。

その人は、ある宗教組織の病院に勤務しているが、

そこのトップ(外国人)が

職員に向けて出すメールによるメッセージが

まったくの信者向けであるため、

信者ではない職員は違和感を覚えるという。

その病院での勤務者は、

信者であるかどうかは採用条件にはなってはいないという。

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この事情を書いたあと、

彼女は、こうした一方的な情報提供の仕方は、

栄養士がクライアントに対して、

一方的に栄養のたいせつさや健康の意義を説くのと似ている、

としている。

人のふり見てわが身を正せ、というわけで、

彼女は、栄養士として、そうならないよう、

コミュニケーション力を磨いていこうと、

年頭の所感として文章に書いていた。

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さて、320日に、

私は、横浜で、パルマローザ主催の輪読会を担当したが、

ここでは、栄養士会のリーダーが書いた文章を

「ワケアリ文章」の事例として2本を示した。

内輪の機関誌の記事とはいえ、

いや、内輪だからこそ、

何を言いたいのかがわからない、

救いようのない文章を平然と書くことができるのだろう。

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よくも悪くも「情報化時代」が続き、

また、Eメールの普及の効果も多少はあって、

国民の文章力は、わずかに底上げされつつある。

少なくとも、印刷媒体に関しては、

いわゆる「悪文」を見つけるのがむずかしくなった。

が、大学の「紀要」とか、学会誌とかは、
依然としてガラパゴスで、

「悪文収集家」を喜ばせずにはおかない

正真正銘の悪文が生きながらえている。

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多くの人は、文章力を評価するのに

「文才」というコトバを使う。

このコトバは曲者で、

文章力はあたかも生まれつきの才能であるかのように錯覚させる。

人間にとって文章表現力は

きわめて後発の能力、

したがって、生まれつきとの関係はうすく、

すぐれて学習力を要する能力である。

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しかもその能力は、

ひとくちに「文章力」とくくることができないくらいに

それぞれ、ジャンルごとにポイントが異なっている。

「ジャンル」とは、

日記、手紙、ハガキ、エッセイ、解説、論文、詩歌、広告、

レポート、事務文書(さらに依頼書、注文書、わび状など)、

諸届、小説(さらに純文学、中間小説、大衆小説などなど)、

そして、Eメールやブログなどのことで、

これらは大きく分けても200以上のジャンルとなる。

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それぞれのジャンル間には大きな差異がある。

事務文書の文章と、小説や詩歌のそれとの違いは、

相撲とレスリング、サッカーとベースボールほど、

といっても過言ではないくらいのものである。

だから、それぞれのジャンルに共通する文才などあるはずもない。

手紙が書けない小説家や学者、

ノンフィクションは書けても、
論文が書けないライターがいても、

少しも驚くことはない。

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さてそこで、

最初の「宗教」と「栄養」の話に戻ると、

どちらも目には見えないものを対象としている

という点で共通している。

「栄養素は顕微鏡で見られる」というかもしれないが、

その生理作用は目には見えない。

神を見た人は少なくないが、

神がもたらす精神的効果は目では見えない。

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見えないものを語る人の宿命として、

見えないものを「見える化」する

コミュニケーション力が求められる。

神の場合は、
古来、絵画や彫刻などによって具現化されてきた。

阿修羅や弥勒菩薩の穏やかな表情から、

安らぎを得る人も多い。

それとても、信仰を持つことで得られる幸せを

コトバで説明する必要に迫られるはずである。

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栄養や健康の「見える化」の場合は、

スポーツシーンであったり、
子どもが無心に遊ぶ姿だったり。

が、それらには弥勒菩薩ほどの霊験はない。

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けっきょく、栄養効果や健康は、

印象的なコトバ、美しいコトバで

それを語るしかない。

信仰も健康も、

人々がそれへの関心を弱めているとすれば、

それは、自分の専門を語れない担当者の責任である。

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日本人は、いつのまにか、

世界一の長寿国になった。

そこへ向かってひた走ったわけでもないのに。

とはいえ、「偶然にそうなった」という解釈では、

それにかかわってきた人の尽力に対して失礼だろう。

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どんな事情であれ、その地位は、守るに値する。

「生」とは、なんだかんだいっても、感動の収集活動だから。

その経験は、あとから来る地球上生物のために生かしたい。

それをバックアップする一員が健康支援者だとすれば、

コミュニケーション力すなわち、発話力、文章力、

基本のところでは表情、身だしなみなどを、

磨き続ける必要がある。

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輪読会で使った悪文を書くような先輩が、

健康支援者たちを引っ張っている以上は、

後輩たちは、よほどがんばらないといけないだろう。

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by rocky-road | 2017-03-24 17:52  

本家の「栄養バランス」事情。



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「栄養のバランス」とは、

なにをもって評価するか、

この点については、

自分のセミナーのときには

確認ポイントとしてしばしば話題にしている。

栄養士は、クライアントに対して

「栄養バランスに気をつけて」といえば、

責務を果たしたような気になるが、

なにをもって「バランスがとれている」といえるのか、

指導している本人がわかっていない場合が多い。

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ところが、

かつて編集にかかわっていた雑誌の最新号を見ると、

この雑誌も、栄養のバランスを

わざわざあいまいにしているのである。

「栄養バランスごはん」という特集を組みながら、

「ごはんは茶わん1杯」

「肉や魚は片手くらい」と、

1食分の目安量しか示していない。

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毎号、巻末のページで

「四群点数法」を解説しているのに、

どのページも、それにはノータッチ。

もはや「四群点数法」はお飾りになってしまった。

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この大学の創設者であり、

「四群点数法」の考案者である

香川 綾先生から数えて3代目ともなると、

あの画期的な「食の地図」を

継承しようという意欲を持つ者もいなくなる、ということか。

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文化や文明には停滞や後退はよくあることとはいえ、

食事の指針というものが、

こうも普及しないものかと、慨嘆する。

先進国の多くは、国民の健康を考えて

なんらかのガイドラインを提示しているが、

ほとんどの場合、普及していない。

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スマホだのカーナビだの

歩数計だのヘルスメーターだのと、

情報や体内環境をキャッチする

機器の発達はめざましいが、

毎日食べる食事の質と量に関しては、

人類はかなりアバウトにできている。

集団的管理はできても、

自己管理はできない、

それが新人類から数えて20万年間の

現実というものであろう。

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「それでも世界でトップクラスの長寿国なんだから

まあ、そうカタいこといわなくても……」

という意見もあろうが、

これが終点であるはずはなく、

これからも人生の質と量の充実の道は続く。

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つまり、人生は長引かせることが目的ではなく、

充足感を感ずる期間をより長くすることが目的である。

そう考えたとき、

1日に、なにを、どれくらい食べるか、

という食事の指針も

目的意識を自覚するうえでのモチベーションとなる。

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このページにも、

「四群点数法」の群別と、目安量を掲げておこう。

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by rocky-road | 2017-03-13 00:55  

セミナーを渡る風。

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226日(日)、広島で

コミュニケーション研究会 ひろしま≫、

35日(日)、石川県能登で

ロッコム文章・編集塾/能登教室

1週間に2つのシリーズセミナーが終わった。

広島での講義は

文章表現に映像表現を応用する

能登での講義は

いつも、鮮度の高い『食と健康情報』を

提供するための7つのポイント

どちらも、1日かけての講義であった。

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いずれも日帰り出張はキツイので、

前日泊となるが、

主催者の計らいで、

自分では計画できない

陸の旅をするよい機会になっている。

「旅」といえば「海への旅」を優先してきた者には、

遅ればせの「陸の旅」の貴重な機会となっている。

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広島では、

宮島へ渡って、厳島神社を遠望し、

やはり海を背景にシカを撮ることに熱中した。

なんのことはない、

これも海への旅ではなかったか。

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石川県能登への旅は

北陸新幹線のおかげで金沢経由のルートができた。

金沢では、今回も「ひがし茶屋街」をリクエストして、

案内していただいた。

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伝統のある町では、

看板などで見る手書き文字に目が行く。

パソコンには入っていないはずの

味のある書体、

それを書くプロがいる町の奥行を強く感じる。

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今回は、あれこれのスナップ写真をお目にかけたい。

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広島と石川、
東京から見ると、
時計の9時と11時の位置にある見当だが、
両教室の交流もあって、
能登の人が広島に、
広島の人が能登へと、
ツアーとセミナーに参加してくれることもしばしば。
今回も、そういうことがあった。

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そしてしばしば、
ここに横浜勢、名古屋勢、東京勢が加わることがあることも
忘れてはならないだろう。

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日本が狭くなったのは、

交通機関の発達ということもあるが、

人のモチベーションが

世界を狭くしている面がかなりあることも、

見落としてはなるまい。

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by rocky-road | 2017-03-07 22:45  

うまく育った「私」と「あなた」

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去る2
19日に開かれた第53回「食ジム」では、

栄養士・健康支援者における『子育て』のいろいろ

 (美しい関わり方)

というタイトルで、終日、話し合った。

会場 横浜市技能文化会館

アドバイザー 影山なお子さん 大橋禄郎

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内容は

1.私の育てられ方--親のこんなところに感謝したい。

2.「親の顔を見ちゃいました!」 バッド子育ての現場レポート

3.日本人の子育て食育--①ここが問題 ②ここが誇り

4.栄養士・健康支援者の考える「子育てのあり方」

5.「子育て」の評価基準を設けるとすれば……。

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1~3については、各自の発言が続いたが、

4~5については時間切れで

軟着陸とまではいかなかった。

むずかしいテーマであっただけに、

むしろ、みんなで考えてみたかった。

やむを得ず、私なりの感想を述べたが、

充分ではなかったので、

以下にまとめておきたい。

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「4」の栄養士・健康支援者の考える「子育てのあり方」

については、当然ながら、

食と健康に軸足を置いての論になる。

ということは、端的に言えば「食育論」である。

「食育基本法」には、目標はあるものの、

「食育」の定義がないため、

土俵のない取り組みが続いている。

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それは、地引網体験も、芋掘りも、

田植えも、稲刈も、

魚市場や青物市場見学も、食品メーカー見学も、

「食育」ということになる。

将来、一次産業に従事させることが前提なのか、

社会科への横滑りなのか。

挙句の果ては

中高年対象に「寝たきりにならないための食育」として、

料理教室が開かれたりもする。

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「食育」とは、知育、体育、徳育の連想から、

子どもの心とからだを培うために、

家庭での食教育を強化することが目的だったのではないか。

しかし現状では、

食育は家庭に戻ることはなく、

学校や業者任せになりつつある。

ここで注目すべきは次の点。

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女性の社会参加の結果として、

食の外部化(外食、中食、調理済み食品)により、

家庭での「団欒」(だんらん)の機会が減り、

食卓を通じての情操教育がしにくくなった、

そこで「食育」が大事、

として「食育基本法」を作った。

その狙いは、

家庭での「団欒」の復活にあった。

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ところが、その「食育」は学校任せになり、

さらに、

学校を通して

専門コーディネーターへの発注となった。

気がつけば、「食育」も外部化していた。

当時から、予測していたとおりになった。

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子どもが親と食事をする機会が減った、

その事実を認める視点があるならば、

「食育」が空論になることは予測できたはず。

そう推測できたから、

子どもから「食事力」を引き出すほうが

現実的ではないのか、と言い続けてきた。

いつ、どこで、どう食べようと、

自分にプラスとなる食事を選ぶ力、

食べる力を引き出すのである。

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3歳児の食事力、10歳児の食事力、

20歳の食事力、70歳の食事力。

どれにしても、気力、体力、記憶力、

欲をいえば、努力や精神力、学力があるといい。

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「食事力」とは、

ヒヨコが孵化した直後にエサをついばむように、

哺乳動物が生まれてすぐ、母親の乳を飲むように、

それは本能的な能力であるとともに、

知力や学力、経済力をもって支える

社会的能力でもある。

つまりは、人間の一生を支える能力、

それが「食事力」である。

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それほど基本的な能力を表わすコトバなのに、

「食事力」が国語として定着しなかったのが不思議。

英語ではどうか、ドイツ語ではどうか。

人類は、そんなコトバを作っていなかったのだ。


であるとするならば、

栄養士・健康支援者の育児論の軸足は、

「食事力」強化に置くことであろう。

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さて、

5」の「『子育て』の評価基準を設けるとすれば……。」

つまり、子育てがうまくいったかどうかを

どういうタイミングで評価するか、である。

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細かく区切れば、1
歳児の子育て、

2歳児の子育てとあって、

その延長で20歳時の子育てというところまで、

評価ポイントは移っていく。

とはいえ、

子を、どう育てようが、親の守備範囲、

「他人からどうこう評価されたくない」

というのが親のホンネだろう。

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しかし、成人式の式典で、

大酒を食らって、

壇上で暴れだすような「子」を持ったら、

「子育てがうまくいった」とは言い難い。

あるいは、小・中学生で自殺をされてしまったら、

「子育て成功」とはいかない。

どんなに外圧(イジメなど)があったとしても、

子に自殺されてしまったら、

先手を打てなかった親の負け、

そう自己評価するしかあるまい。

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それを学校や社会のせいにしているようでは、

親自身の「育てられ方の失敗」と

評価されても仕方がない。

子どもの自殺を学校や友人のイジメのせい、

というところだけをクローズアップし続けると、

自殺者は、その時点で「勝者」になってしまう。

「死んで恨みを晴らす」「身の潔白を示す」は

日本の伝統的思想。


ただでさえナイーブな少年・少女時代のこと、

死んで「勝者」になる選択をする可能性は高い。

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イジメで学校側やイジメたほうをイジメることは、

自殺の促し効果をつくりだす、という側面を持つ。

「なにが悪いって、自殺する者は卑怯、敗者、

次の自殺者へのけしかけ」

という価値観を植えつけない限り、

この連鎖に終点や減少は望めない。

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子が親を越えてよくなったり、

悪くなったり、いろいろの方向を探るのが

「適応」と「進化」のカタチというものだろうが、

いまの世の中が「よい」とするならば、

「適者生存」という結論になる。

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人間の社会活動の範囲では、

子の行動の大半は親や大人の反映。

子どもがダラシナクなるのは、

親や大人の影響か学習によるもの。

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とすると、「大人は子育ての成果」である。

四六時中、スマホをのぞき込む大人には、

自分が「子育て失敗の事例」なのか

「子育て成功の事例」なのか、

自己評価する時間も問題意識も

思考力もない。

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みんながアホになる状態、

それは、復元力を生み出す1プロセスともいえる。

大宅壮一氏が、テレビの普及時代に

「テレビによって一億総白痴化する」と

指摘したが、いま、テレビを見る人の数は激減している。

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鴨長明は、「ゆく川の流れは絶えずして」といって、

人生や社会は2度と元に戻ることはない、としたが、

もっと大きく見るならば、

世の移ろいは、寄せては返す波の繰り返し。

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長明さんは川しか見ていなかったが、

海は地球上の湖だから、

ツボの中で水はあっちに行ったり、

こっちに行ったりの繰り返し。

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テレビによる「白痴化」を免れた人類は、

今度は、スマホによる「白痴化」の波にさらされている。

「子育て」の成功・不成功は、

その社会の、ある時点での「大人」の生き方を

どう評価するか、という問題になるだろう。

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厳密にいえば、その評価対象は個人でしかない。

ということは、

この世は、子育て失敗の結果と、

子育て成功の結果とが共存している集合体であって、

相互補完をしつつ継続している、

ということになろう。

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個人的対処としては、

従来の「人様に迷惑をかけないように」は

標語化しすぎて実効性がないから、

各自がバージョンチェンジを図らなければならないだろう。

*人のモチベーションを下げないように。

*街を汚さないように。

*マスメディアのターゲットにならないように。

*人を排斥したり差別したりしないように。

*使わないお金を持ち過ぎないように。

*ブログでわけのわからない論を展開しないように。

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などなどのように、

子どもへの徳育を進めるには、

親側、大人側のほうに、

そのつどキャンペーンテーマを変えるだけの

準備性が求められる、ということだろう。


by rocky-road | 2017-02-23 16:29