健康って「病」なの?

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健康支援者、栄養士にとって、

なかなか刺激的な本が出たようである。

といって、この本のすすめではないから、

そこをしっかり頭に入れて、

以下を読んでいただきたい。

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この本を読んではいないので、

内容について紹介も論評もできない。

が、広告によると、

「健康」という「病」があるという。

こういう言い回しは

昔からあるから、さほど驚くことでもない。

「健康のためなら死んでもいい」

というジョークはおなじみだ。

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新聞広告によれば、

「健康を過度に気遣うことは、

深刻な病気である」という。

「病気」の定義はむずかしいが、

この文脈からすると、

いわば「依存症」の指摘だろう。

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スマホやギャンブル、

ショッピングもおしゃれも、

読書も学問も創作も、

旅行も友情も信仰も、

断捨離も孤独愛好も、

頻度や熱意によっては「ビョーキ」と見られる。

よくある視点である。

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しかし、

ここでいう「ビョーキ」は、

モチベーションというコトバに

置き換えることもできる。

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ベストセラー作家でもなく、

著名人でもないフツ―の人は、

著名人から見れば

ちっぽけなことに

こだわって生きているように見える。

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が、そういう「ちっぽけ」なことが、

本人にとってはモチベーションになる。

11万歩、歩くこと、

朝起きたら神棚に向けて手を合わすこと、

朝起きたら、蒸留水をコップ1杯飲むこと、

13回、定刻に食事をすること、

月に1度、自転車で神社巡りをすること、

などなどが生きがいとなって、

その人の人生を支え、

前からは引っ張っている。

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黙っていても原稿依頼が来たり、

電波媒体から出演依頼が来たりする人とは、

モチベーションはおおいに違う。

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この作家は、

「孤独」や「ただ生きていくだけ」

「なにかにとらわれない生き方」

などをテーマにするのが好きな人だが、

実際には、退屈したり、

孤独を楽しんだりしているヒマは

ないはずであり、

あまたの依頼に応じることができているがゆえに、

きわめて健康である。


健康法などを実践するヒマは、

もちろん、ない!!!

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こういう本は、

あくまでも文系のエッセイであって、

Howe-to本」(実用書)ではないし、

エビデンスをベースにした論文でもない。

以前、この作家は、

『人生の目的』という本を出したことがあるが、

その中では、

いろいろなエピソードの紹介ののち、

巻末間際になって

「人生の目的とは、人生の目的を探ることである」

というようなことが書いていた。

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「ダァー」とコケてはいけない。

結論がない、と訴えてもいけない。

この本も、マニュアルではないし、

梅干しの漬け方の解説書でもない。

それが文学というものである。

筆者の語り口を楽しむのがおもな目的、

文学的エッセイの1パターンである。

したがって、

『健康という病』という本も、

軽~く、流して読めばいい。

本人も、流して書いているのだから。

この本を読んで、自分の健康法を疑ったり、

健康法をやめてしまったりする人が

いくらかは出るかもしれないが、

いずれ別のモチベーションを見つけるだろう。

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これまでの健康法をやめたことで、

寿命を縮めたり、

病気を発症したりすることがないように

祈るしかない。

とばっちりを受けるであろう

栄養士や健康支援者としては、

こういう本が、

またしても出たことは知っておく意味はある。

その新聞広告には、

目次の一部が紹介されていて、

そこには「医学界も栄養学界もぜひ論争を」

などとある。

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少なくとも栄養学界の一部は、

健康が人生の目的ではないことを前提にして

対象者の支援を行なっているはずだし、

そもそも「健康とは何か」について、

それなりの定義を持っている。

その定義によれば、

ヘレンケラーも、

「五体不満足」と自ら宣言した人も、

ぴったり健康であり、

幸福である。

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目次には

「完全な健康などない」という項目もあるが、

このあたりも、

一部の健康支援者はクリアしている。

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が、食事相談などの場面では、

「ある作家が食事は13回と決めることはない」とか、

「私は運動量が減っているので

11回でもお腹がすかない」とかと

言っているけれど、本当ですか、

などと問われる可能性がある。

そんな場面を想定して、

この本を読んでおいたほうがいいのか。

いやいや、

その答えをこの本に求めるのはお門違いである。

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やはりここは、

食コーチング的に問いかけてみよう。

「その本を、どうしてお求めになったのですか」

「あなた自身は、お食事は1日何回ですか」

「なぜ、そのようになさるのですか」

個人との対面セッションでは、

健康も幸福も、

一般論では論じられない。

それらは、個々人のライフスタイルの中にある。

それをクライアントといっしょに

その糸口を見つけ出すことが、

健康を支える第1歩である。

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まさかその本には、

「健康は求めてはいけない」とか、

「人のサポートを受けてはいけない」とかとは、

書いてはいないだろう。

(書きたいだろうが)

教訓として、

次のことを学んでおこう。

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1.仕事に恵まれていたり、

 仕事で実績をあげていたりした人が、

 健康を気にするな、

 自分は不健康だ、

 友だちは減らせ、持ち物を減らせ、

 などと論ずる場合、

 それは一般論ではない、ということを

 認識しておくこと。

 あくまでも成功者のパフォーマンスである。

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2.自分が偉くなったとき、

 そういう姿勢で論じることがないように自戒しよう。

 かつて、大学教授が

 「管理栄養士の資格なんかとらなくてもいい」

 と講義中に言ったり、

 ウーマンリブのリーダーが

 「女は結婚だけが人生の選び方ではない」

 といったりしたために、

 それに従った人が、

 のちにずいぶん苦労した例をいくつか見ている。

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最後に、この本の広告の名誉のために

次のことは指摘しておこう。

広告面の一部に、

次の1行があった。

「ヘルスリテラシーのすすめ」

「リテラシー」を、

「適切な理解力」とでも訳すか。

そのリテラシーによって、

この広告から本の内容を洞察することは

さっそくにヘルスリテラシーアップの

トレーニングになる。

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[PR]

by rocky-road | 2018-01-01 20:17  

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