海たび旅--加計呂麻編。

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奄美大島、加計呂麻島(かけろまじま)への

旅が終わった。(201762328日)

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今回は、ダイビングショップのツアーなので、

全スケジュールは

≪マナティーズ≫の山崎由紀子さんにお任せ。

これまでに、奄美には2回、

加計呂麻島には1回、訪れているが、

初回の訪島は30年以上前なので、

記憶はまったく消えている。

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理由として考えられるのは、

*海の印象がうすい

 (だれかが企画した

 ツアーだったのかもしれない)

*写真的にヒットがなかった、

*当時、頻回に海に行っていたので、

 その歴史の中に埋没した、

*仕事もクラブの運営も忙しい時期で、

 そちらにウエートがかかっていた、

*その時代のログブックを紛失し、

 記録が残っていない、

*ダイビング雑誌の連載エッセイに

 一度も書いたことがなかった、

などが複合的に作用して

記憶を薄くしたものだろう。

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↑↑「アカヒメジ

念のためにいうが、

認知症が発症し始めている可能性はない。

(本人がいうのはアテにならないとしても)

東京湾のお台場が海浜公園になる前、

そのあたりで潜ったこと、

富士五湖の1つ、精進湖(しょうじこ)で潜ったこと、

日本海の佐渡島より少し北にある粟島で潜ったこと、

などはしっかり覚えているから、

認知機能の衰退はあるにしても、

軽微なはず。

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↑↑「ヘラジカハナヤサイサンゴ

申しわけないのは、

現地のダイビングサービスの人が、

私の訪島を覚えている、

という話を間接的ながら聞いたこと。

この30年間以上、

多くのお客さんのお相手をしてきただろうに、

私ごときの訪島を覚えていてくれたのだ。

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↑↑「セジロクマノミ

だから、今回、海から帰ったとき、

「思い出しましたか」と

現地ガイドさんから尋ねられたときは、

ほんとうに申しわけなく思った。

「ぜんぜん思い出せないのです」では、

あまりにも失礼である。

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さてそこで、

奄美大島、加計呂麻島の再評価。

岩礁をベースにしてサンゴが発達した海底。

沖縄のようにサンゴ砂が累積してできた島と違って、

白い砂地の反射が少なく、暗い感じ。

サンゴの色は茶のかかったグリーン。

水温は23度くらいで、

まだここは「本州、鹿児島県なのだ」を再認識させる。

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↑↑ 「ムラサメモンガラ

つい沖縄と比較したくなるが、

沖縄のキラキラ感が抑えられている分、

ビーチ遊びやダイビングなどによって

ビーチや水中が荒れていない。

野性味のある海である。

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↑↑「ルリスズメダイ」↓↓
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↑↑「クラカオスズメダイ

夏の季節に、

無人のビーチで

スノーケリングを満喫するという機会は、

もう沖縄ではめったに得られない。

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↑↑「シャコガイの仲間」↓↓
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↑↑「ハマヒルガオ

ペンションでは、
夕食どきに、尾頭つき生き造りが出てくるので、
「もったいない感」を味わったが、
ロウニンアジが出たときには参った。

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これが来島者の食卓に登場するということは、
漁業が日々の生活に近いことを意味する。

漁業と宿泊施設の兼業、
それは、日本のビーチサイド宿泊施設の
歩んできた道にほかならない。
ここではそれが現在進行中なのであった。

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ロウニンアジは、
水中で出会うと威風堂々、
魚類にとどめておくには
申しわけないほどの風格。
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↑↑「ロウニンアジ


スマホ依存症の日本人が
完全に失った「サムライ」の表情を保つ。
以前、モルディブで撮ったロウニンアジと、
討ち死にしたロウニン君と
比較して見ていただこう。
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今回の番外編は、
高校時代の恩師、島尾敏雄先生の
生誕100年のイベントシーズンに
タイミングが合ったこと。
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1617歳ころ、
都立高校の「世界史」の授業を
島尾先生から受けた。

当時から作家であるとは聞いていた。
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クラス雑誌を作っていた私は、

畏れも知らず、先生に原稿依頼をした。

「夢について」という文章を、

確か1週間ほどで書いてくださった。

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この小さなエピソードも、
生誕100年で盛りあがる地元では、
大きな意味があるらしく、
研究者と情報交換の機会が生まれた。
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島尾先生の原稿も、
掲載誌も残っていないのは残念だが、
表紙を撮った写真がアルバムに残っていた。
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取材モード全開で出かける者、
地図やガイドブックをなぞるのではなく、
自分で旅を創って歩く者にとっては、
2度め、3度め、10度めの訪問などの回数は
さほど大きな意味はない。
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東西南北、遠近に関係なく、
そこにはかならず情報があり、
そこにはかならず収穫がある、
というに尽きる。


今回の収穫の1つは
デジタルのコンパクト水中カメラを
試用したこと。
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期待どおり、よい働きをしてくれた。
「ニコン Coolpix AW130
長年、水中カメラを作り続けてきたメーカーの
高い技術力に感服した。
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このカメラが、
次への旅を誘う。

スノーケルが壊れ、
「ウェットスーツは新調すべき」
ともいわれて、
このまま引退はできない心境である。

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by rocky-road | 2017-07-02 21:02  

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