おにぎりを読み解くチカラ。

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おにぎりの早食い競争で
参加者が亡くなったというニュースの悲しさは、
こういうイベントが
何百年という長い年月、
世界中で毎年繰り返されている、という現状にもある。
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秋の収穫を祝う気持ち、
互いの健康を確かめ合う心が動機となっているとしても、
飲食物をたくさん食べる、飲む、
早く食べる、早く飲むというゲームが
なぜ、おもしろいのか。
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命の危険が伴うということ以前に、
貴重な飲食物を味わうことなく、
無理やりに胃に押し込む、という行為には
飲食物への感謝どころか、
冒涜以外の理由は感じられない。
これが、なぜおもしろいのか、
おかしいのか、どうしてもわからない。
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以前、新聞の折り込みに、
地域の行政機関が主催する「健康フェア」のチラシが入っていた。
ここでも、どんぶりに盛ったご飯の早食い競争が
プログラムされていた。
主催者に電話をして、
「健康フェア」に早食い競争を入れることの意味を問うた。
電話に出た人は「責任者に替わる」といって、
判断を上役に譲った。
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たいした議論もなく、
課長は、健康フェアとご飯の早食い競争とは趣旨が合わないことを
あっさりと認めた。
「ただ、今年は協賛していただいている農協との関係もあるので」
という理由で黙認してほしいといわれた。
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以後、この区では早食い競争はやめた、らしい。
翌年の新聞チラシにもフェアのプログラムが挟まれていたが、
早食い競争というイベントは消えていた。
こんな話は、話せばすぐわかること。
が、それに気づく人は少ない。
伝統とは、そういうものだろう。
今度の事故は、
早食い、早飲み、大食い、大飲みの愚を
日本中に知らしめたという点では、
不幸中の不幸、それにプラスαの意味は
あるかもしれない。
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いま、私の文章教室では、
「非言語情報をどう読み解くか」という講義を続けている。
この宇宙は、非言語情報のほうがはるかに多い。
わずか500年前には、
人類は、太陽が地球を回っていると思っていた。
しかしコペルニクスは、回っているのは地球のほうだと読み解いた。
さらにおよそ400年前まで、
リンゴがなぜ木の枝から落ちるのか、
説明することができる人はいなかった。
ところがニュートンは、万有引力の存在を読み解いた。
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こうして、いまは理解できないことも、
読み解かれていく。
言い換えれば、コトバで説明できるようになる。
草食系男子の存在、肉食系女子の存在も、
そうネーミングしたことで存在を認識できるようになった。
それはあたかも、
糖質をインスリンというホルモンが、
からだに取り込むシステムのようである。
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インスリンが正常に機能する人は
糖質を栄養源としてからだに取り込みことができるように、
活性化したコトバを持つ人は、
森羅万象を読み解くことができる。
コトバによって事物や現象を説明することができる。
コトバは、人体におけるインスリンである。
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もし、早食い・早飲み競争の方向性を
読み解くことができる人がもう少し多ければ、
世界中で、こういう無意味な、いや有害な遊びを
否定し、やめることができるはずである。
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2016年11月16日の
コミュニケーション研究会 ひろしま≫主催の文章教室では、
非言語情報の意味について講じたが、
宿題に、「いま、私だけが気づいていること」を
書くように求めた。
さあ、どんな発見があるか。
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世の中は非言語的に存在しているが、
それを認識するのは言語。
コミュニケーションは、
コトバでないものをコトバにすることで
活性化する。
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宿題の回答には、
コペルニクスやニュートンに勝るとも劣らない発見が
あるかもしれない。
それを期待するのもコトバである。
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# by rocky-road | 2016-11-25 21:12  

外国人に日本の見どころを紹介するとしたら。

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わがロッコム文章・編集塾では、
相手によって話し方、書き方を変えるという
トレーニングを続けている。
たとえば、「外国人に日本の見どころをアピールする」
「外国人に、日本が世界一の長寿国である理由を
文章で説明する」といった宿題を出して、
相手に沿った文体、説明の仕方を求める。
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この場合、相手の国籍、性別、年齢などは
書く人に任せている。
が、そんな属性の特定にまで及ぶことなどなく、
ほとんど日本人向けの文章になってしまう。
外国語ではなく、日本語で書くからそうなる、
といわれそうだが、
そういう問題ではなく、
実在しない相手にピントを合わせるという経験がないから、
どうしても、実在する日本人向けの文章になってしまう。
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しかし、不特定の人に文章を書く機会は、
少し社会性のある仕事に就いたら、
かならずある。
イベントのポスターやチラシを作る、
掲示を書く、招待状を書く、
新聞や雑誌に寄稿する、
テレビやラジオに出演するなど、など。
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そういう場面を想定して、
トレーニングをすることは、
「そのとき」に備えるというよりも、
「そのとき」を求める姿勢、
ライフスタイルをステップアップさせる動機づけになる。
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7月23日の能登教室(石川県)では、
「ステップアップの行動学」という講義をしたので、
「その内容を、友人・知人に説明しなさい」
という宿題を出した。
その提出は11月13日の第11回の教室。
16名の発表があったが、
予想どおり、
講義の内容を、相手を特定せずに説明している。
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その証拠は、相手の「友人・知人」が
すぐに理解できるはずのないコトバを並べてしまう、
というところに現われる。
「アブラハム・マズローの五段階欲求説」
「利他行為」「人間の社会生活は、下りのエスカレーターを
逆に昇っているいるようなもの」
などと、講義のときに出た話をいきなりしてしまう。
これでは、普通の人は何を言っているかわからない。
宿題の文字数は600字以内。
この分量ではくわしい説明はできない。
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なぜ、そうなるか、
それは、講義内容の振り返りに精いっぱいになるため。
その結果、小・中学生の感想文になってしまう。
どの発表者も、「知人・友人」のことなど、
かまっていられなくなる。
ここでも「想定力」の難儀さを実感した。
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さんざん、その不備を指摘したあとに、
図らずも、ドンピシャリの発表があった。
それを全文、あげてみよう。
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幼なじみのあや子さんへ。』
              花崎智恵美

 私たち、これまで、もう何十年も、
 年末に会うたびに、
 「来年こそは、お互いステップアップしようね」って
 言っているよね。でもそれって、
 具体的にどうしたいと思ってるのかな。

  今年7月に、ロッコム文章・編集塾の能登教室で、
 「ステップアップの行動学」という
 講義を受講したの。
 そしたら、いかに今まで、あいまいな励まし合いを
 してきたかということに気づいたの。
 そこで学んだことは、
 ステップアップにどんな意味があるのか
 ということから、
 ステップアップするためにはどんな行動をすべきかという内容。

  ワンステップ目としては日常生活を見直す、
 たとえば、日記をつける、衣服の管理、住環境のチェック、
 おつきあいの仕方、雑誌の定期購読、読書の習慣、
 手書きの習慣など、行動のチェック。

  さらにツーステップ目として、
 人脈、専門性の強化、事業計画の作成、投稿、
 ホームページの作成、アドバイスを受ける態勢づくり、
 セミナーや講演会の参加率を高めるなど、
 仕事に結びつく内容を具体的に教えてくださったの。

  よい人生を送りたい。よいお仕事をしたい。
 そう思っているだけではダメ。
 具体的な行動を起こさないといけない。
 そう思わない?
 講師の先生は「清く、正しく生きているだけではダメ。
 誰かに借りをつくったものを返していかないと」
 っておっしゃるの。
 そのとおりだと思う。そのコトバは、
 今も胸にジーンと響いている。
  ステップアップするのは、来年からじゃなくて、
 今からだよね。行動リストを作ってみない?
 
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この文章には、講義に出てきたマズローも、
「下りのエスカレーター」も出てこない。
要約とはそういうもの。
それに、内容のすべてを伝える必要もスペースもない。
相手を想定して、相手に伝わる内容に仕立てればよい。
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相手が日本人であれ、外国人であれ、
相手の想定はむずかしい。
だから、親しくない人に向けて文章を書くときは、
想定する人の名、または写真を近くに置いて
作文するとよい、と説いている。
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年賀状はいいとして、
「喪中につき年末・年始のごあいさつは……」という
年末のハガキを書くときも、
こちらの事情というより、
受け取る相手を想定して作文をしたい。
「だれの喪中なのか」
「母とは、実母なのか義母なのか」
受け取る人の迷いを想定して書状を作りたい。
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# by rocky-road | 2016-11-19 00:52  

「おもてなし」の宿題に応える。

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去る10月23日(日)(2016年)に行なった
第49回食ジム「おもてなしの心をどう表わすか」
――人づき合いからイベントまで――
は、座長の小林美穂さんの進行で、
有意義な話し合いができた。
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人をもてなすとは、どういうことか、
国語辞典には多くの意味が示されている。
①とりなす。処理する。
②取り扱う。待遇する。
③歓待する。ご馳走する。
④面倒をみる。世話をする。
⑤自分の身を処する。ふるまう。
⑥取り上げて問題にする。もてはやす。
⑦そぶりをする。見せかける。
          (「広辞苑」)
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源氏物語や平家物語などから用例を
拾っているところを見ると、
そうとう古くから使われているコトバのようである。
とても便利なコトバのようで、
いろいろの意味で使われてきたことがわかる。
要約すれば、「人に対応すること」である。
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次期、東京オリンピック誘致のときに使われた
「お・も・て・な・し」には、
外国から来る人たちを「温かく対応する」という意味を
込めていることだろう。
これに関しては、日本人は心配いらない。
放っておけ、といっても
厚くもてなすに決まっている。
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今日的な「おもてなし」には、
「飲食をもって待遇する」という意味が強い。
昔、新潟県にある父の実家を訪ねたら、
「わざわざ東京から来なさったから、
ラーメンでも取ってやろうのう」と、
もてなされたことがあるし、
「ごちそうするから、あの鶏を絞めて来いのォ~」と
歩いている鶏を指してもてなしてくれたこともある。
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食ジムでは、
いろいろのもてなし体験、もてなされ体験が披露された。
ここでの収穫の1つは、
贈り物も「もてなし」の1つになりうること、
非対面(電話、ネット、ハガキ、手紙)の「もてなし」も
ありうる、という点にも触れられたこと、などである。
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心のこもったバースデーカード、クリスマスカード、
年賀状なども、一種の「もてなし」であろうし、
必要な情報をタイムリーに提供することも
「もてなし」といえる。
国語辞典が示す「とりなす」や「待遇する」に相当する。
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時間の関係で、
「おもてなし――する側、される側のための10か条」は
私への宿題となった。
ここでは、「もてなす側」について、
その宿題に応えておこう。
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◆もてなす側の10か条

1.物品の提供だけを「もてなし」と考えない。
  客や相手と誠実に向き合い、
  ていねいにコトバを交わすことこそ基本とする。
  相手にもよるが、「もてなし」の基本は会話を楽しむこと。
  接待側としては、お客に問いかけ、相手の好む話題を見つけ出す。
  ここがうまくいけば、「もてなし」の大半は成功。
  ごちそう攻め、酒の強要、録画映像やアルバム閲覧の強要、
  自分ばかりが話す、ホームグラウンドをいいことに、
  自慢話大会などはNGとしたい。
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2.食事などを供する場合、
  もてなし側がサービスのために
  立ったり座ったりするのは感心しない。
  話題、話し合いを第一と考え、
  飲食はその次に。
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3.自宅に招く場合、
  事前にタイムスケジュールを示しておくとよい。
  「3時においでいただいて、
  旅行のときの写真など見ながらお話しして、
  6時ごろ夕食をとっていただいて、
  8時にはお開きというご予定ではいかが?」
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4.和風のもてなしの基本、
  玄関あたりに打ち水をする、花を生ける、
  水まわりをきれいにしておく、
  香りをつかう、衣服を整えるなどは、いまも手本にしたい。
  洋風には、玄関にウエルカムボードを掲げたり、
  ゲストから以前にいただいた絵ハガキ、アクセサリーなどを
  飾っておいたりする方法もある。
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5.宿泊をしてもらう場合、相手によっては
  自宅よりもホテルを使ってもらうほうが、
  相手にとっては気づかいが少ないことも。
  もちろん、事前に知らせておく。
  近くに適当なところがない場合はその限りではない。
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6.飲食店を選ぶ場合、「ここはおいしいから」と
  あまり強調しないほうが安全。
  むしろ「私はよく行くところだけど、
  お口に合うかどうか試してみて」くらいに抑えめに。
  「テレビで紹介された」「有名人がよく来る」などは無用で野暮。
  ネットで検索したところに
  初めて連れて行くなどは「もてなし」以前。
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7.家に招く場合、インドアだけがもてなしとは限らない。
  近くの公園に行く、公共施設を見学する、
  祭やイベントを案内するなどの方法もある。
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8.「もてなし」には、
  観劇、コンサート、スポーツの試合、
  旅行などへのご招待などもある。
  これには自分が同行する場合と、
  ペアチケットを贈る場合とがある。
  ペアチケットとなると、
  「贈り物」に近づくが、
  「もてなし」の定義から外れるとまではいえない。
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9.「もてなし」には、
  祝い事に関して物品や食品を
  プレゼントすることも含まれる。
  そうなると、伝統の中元や歳暮まで
  もてなしになってくる。
  それでも「もてなし」の定義からは外れないが、
  好意を示す、親愛の情を示す、という
  基本理念からすると、
  季節の行事までをも「もてなし」とするには
  異論があろう。

  つまり、パソコンで打った年賀状までもが
  「お・も・て・な・し」ということになってしまう。
  ここは基本に帰って、
  「こころのこもった対応」こそが
  「お・も・て・な・し」なのだ、ということにしよう。
  年賀状といわず、紙切れに書いたメモ書きでも、
  「もてなし」になることもある。
  教室で先生にほめられた子に、
  近くの席の子が「やったね」と書いただけでも、
  「もてなし度」は高いものとなる。
   つまりは、日常的なメールやハガキ、手紙にも、
  もてなし度の高低がある、ということ。
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10.イベントに集まる人への「おもてなし」の基本は、
   集まった、より多くの人が発言できる機会をつくること。
   飲食はその次。
   初参加の人には一言でも発言してもらうように問いかける。
   この点は、パルマローザや食コーチング関係の集まりは完璧。
   話し合いを好まない傾向のある日本人は、
   立食パーティなどでも、
   飲食を山のように用意する。
   食べ物で口をふさいでしまえば
   隣の人と話をしなくてもよい、ということか。
   ビュッフェは災害地での食糧支援とは違う。
   ゆったり話し合う場と考えたい。
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   忘れられがちなのは、
   その日、集まった人の氏名は
   全員が共有できるように図らうこと。
   あとから振り返ったとき、
   そこで、だれと同じ体験をしたかがわからないのでは空しい。
   「個人情報」とやらを拡大解釈して
   なんでも隠そうとするのは、
   「もてなし精神」を阻害する。
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さて、年末・年始の「おもてなしシーズン」
どんなアイディアで人をもてなそう。

# by rocky-road | 2016-11-10 23:39  

水中スタジオに、ことしも。

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「いままで潜った海でどこがいちばんいいですか」とは
よく聞かれることである。
この質問に対しては、
あえて条件設定をしてから答えることにしている。
水中か、ビーチか、ホテルライフか、
水中の場合、魚の濃さか、透明度か、サンゴかなど。
「♪ 海は広いな、大きいな ♬」だから、
評価対象を絞っておかないと
誤解の元になる。
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これは『海と島の旅』という雑誌の創刊に
かかわって以来のことである。
創刊当時、海へのパックツアーを評価するページを設けた。
ここでは、食事や景観、アクティビティなども対象にした。
しかし、スポンサーのご都合もあって、
長続きはしなかった。
『暮しの手帖』のように、
商品評価をすることは
商業雑誌には容易のことではない。
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ともあれ、私のささやかな海の旅経験でいえば、
水中景観という点では、
沖縄の座間味島(ざまみじま)が
いちばん好みに合っている。
透明度、魚の濃さ、水中景観の美しさ、
そして、水中へのアクセスの容易さ、という点で。
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ここの古座間味ビーチは、
水中スタジオだと思っている。
波打ち際から1メートルと泳がないうちに、
コトヒキやコバンアジ、
マルゴバンの群がりや群れに出会える。
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困るのは、
那覇から島への高速船が
ちょっとした風雨で欠航することである。
真夏のベストシーズンなのに、
天気図にはかならず台風があって、
すぐに船は欠航する。
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半世紀近く通った結果、
いまさらながらだが、
台風シーズンを避け、
10月下旬から11月を狙えばいい。
沖縄といえども冬はあって、
そのころから寒くなると、風が吹く。
魚も減ってくる。
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そこでことしは、10月下旬を狙った。
秋が、いつもより早めに来た感じだが、
今回は、
スノーケリング初体験者を含むツアー。
「ぶらカメラ」とフィッシュウォッチング。
このパターンも、
これまで続けてきたことだが、
メンバーが若返った分、こちらもリフレッシュした。
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結果は写真のとおり。
今回は、映像にすべてをお任せしよう。
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# by rocky-road | 2016-11-05 23:14  

蒲郡で「三谷祭り」を見る。

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名古屋周辺に在住の3人の塾生から
 お招きをいただいて、
 愛知県のご当地祭りを見物した。
 「三谷祭り」(みやまつり)という。
 場所は愛知県蒲郡市(がまごおり)三谷(みや)地区。
 祭りは2016年は10月15日、16日の2日間。
 私は16日に伺った。
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 2つの神社の間を4基の「山車」(やま)が
 移動するのだが、
 途中で海の中を行く場面がハイライトとなる。
 山車の上にはお囃子方の子どもたち。
 山車を支える男たちが100人近く。
 山車を曳く男たちはおよそ200人。
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 たぶん、海中は砂地なのだろう、
そこをおよそ300メートル、
山車はゆっくりと移動する。
大潮の日を選んで行なう理由がよくわかる。
水位が下がるので、大きな山車が
海の中を進むことができる。
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それにしても、海底が岩場では、
山車(やま)にとっては不安定すぎるし、
砂地だとしても、車がのめりこんだりしたら動かなくなる。
300年の歴史のある祭りという。
最初にこれを試みた人のアイディアと勇気に感心する。
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東京の祭りしか経験していない者からすると、
祭りにしては静かである。
確かに祭囃子は流れてはいるが、
人の表情が柔らかだし、ゆったりとしている。
はしゃいで走り回るような子どもも見当たらない。
東京の祭りでは、参加している男たちの表情がキツイ。
戦闘モードであり、実際、あちこちで衝突が起こる。
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東京に限らず、ときに死傷者が出るような
荒くれた祭りは各地にはある。
愛知県人は郷土愛が強いそうだが、
それも荒くれない一因なのか。
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三谷祭りの穏やかさは、
神事としての意識を参加者が持ち続けているからだろう。
また、参加者の年代の幅が広い。
子どもから高齢者まで、
各層のバランスが実によい。
高齢者が、年長づらすることなく、
みんなが溶け合っている。
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日本中の若者がスマホ依存症に
かかっていると思っているが、
少なくともこうした祭礼の日には、
スマホをのぞき込む者はいない。
そういう機会のある地域が、
この日本にもまだあることを知って安堵した。
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祭りはシーサイドに限らず、
神社の境内でも行なわれていた。
ここでも、奉納する数パターンの踊りを
いろいろの年代層のグループが
分業して行なっているのであった。
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この多面性が気に入った。
1点に集中するのではなく、
広い地域のあちこちで、
いろいろのメンバーが、いろいろの目的で動いていた。
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その多様性は、なぜかアメリカのショーを連想させる。
アメリカ人のショーには、
幕間に当たるものがないことが多い。
あるショーが、右から左へと展開し、
それを目で追っていると、
いつの間にか右手からは、
次のショーの一団が入場してきて、
パフォーマンスを始めていたりする。
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三谷祭りでは、
神社の境内は階段になっていて、
階段と階段の間のスペースで、
いくつかのグループが舞を舞っていた。
まさに階段の「踊り場」なのであった。
それを追って見物した。
歩数計によれば、
1万歩以上は歩いたという。
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1年前から計画した、
私の誕生日へのプレゼントとのこと。
祭のあと、竹島水族館を見学し、
名古屋経由で東京に戻った。
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# by rocky-road | 2016-10-18 23:59  

そして、いまも「スノーケリング」。

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10月末から11月にかけて、
いつものように沖縄県の那覇市に近い、
慶良間諸島、座間味島(ざまみじま)に
スノーケリングの旅に出る。
50年近く通っている、
水中スタジオのような島である。
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これに同行する栄養士、ケアマネージャーたちが
自主的にスノーケリングの講習を受けたと聞いて、
大いに明るい気分になった。
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日本のレクリエーションダイビングの歴史の中で
栄養士やケアマネージャーが
ダイビングやスノーケリングを経験した、
という例なら、いくらでもあるだろうが、
「健康支援者」というくくりで、
スノーケリング講習を受けた、
という話は、そう多くはないはずである。
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講習は、2016年10月8日、
千葉県にある室内プールで行なわれたという。
指導は、東京新宿でダイビングショップ
「マナティーズ」を開いている山崎由起子さん。
ずいぶん多くのダイビングインストラクターと
かかわってきたが、
女性のオーナーは珍しく、
それよりもなによりも、
気力・体力、心配り、アクティビティにおいて、
彼女を超える人は知らない。
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女性が講習を受けるなら、
あるいはツアーガイドを頼むなら、
この人こそドンピシャリである。
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以上のプールの水中写真は、
彼女にお願いして撮っていただいたもの。
水面上は、甲斐和恵さん撮影。
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いまは「シュノーケリング」という人が多い。
もう30年以上前になるだろうか、
水中造形センター発行の『マリンダイビング』や
『海と島の旅』という雑誌、
その他の刊行物の用語統一を図ったとき、
「スノーケリング」「スクーバダイビング」を採用した。
外部スタッフとして私もかかわっていたが、
現状はどうなっているかが気になって、
編集部に問い合わせたら、
いまも同様だと聞いてほっとした。
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が、世間では、インストラクターまでが
「シュノーケリング」という。
しょせんは日本語だから
(カタカナ表記という意味で)、
どちらが原語に近いか、なんていう議論はナンセンス。
ともあれ、なじんだコトバが変わるのはいやなもので、
私は生涯、「スノーケリング」で通すつもり。
「スノーケリングピープル」
というクラブを作ったこともあって、
「シュ」か「ス」かは大問題である。
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前にも書いたような気がするが、
スノーケリングにしろダイビングにしろ
「地の果てから始めるもう1つの旅」が
私の定義の一部である。
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日本では、
スノーケリングはスクーバダイビングの準備として
位置づけられがちだが、
私としては、スノーケリングは独立した
レクリエーションだと思っている。
「旅」の自由さという点でも、
スノーケリングは利点が多い。
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旅のおもしろさは、
「足の向くまま、気の向くまま」である。
その点でスノーケリングは、
この自由さを持続することができる。
その地にダイビングサービスがあろうがなかろうが、
どこの海、湖、川、池でも、
その水面を歩くことができる。
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実際、ある公園の池で、
うじゃうじゃいるコイを水中で撮りたくて、
そっと水中マスクと水中カメラを持ち込んだことがある。
が、監視員が何回も巡回するので、目的を果たせなかった。
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しかし、大分県の佐伯の水族館のプールで
マンボウが一時的に飼育されていると聞いたときは
もう我慢ができず、
飛んで行って、水中撮影をさせてもらった。

沖縄の座間味島は、
ダイバーには知られるスポットだが、
われわれが旅するビーチは、
むしろ海水浴のビーチ。
そこが狙い目で、実に多くの魚が集まっている。
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そんなところで、
スノーケリング講習をやっている時間はない。
とはいえ、50年近く、
そういうことをやってきた。
が、いまは晴れて、
スノーケリングの基礎を身につけた健康支援者と
地の果てからの旅を楽しめる。
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スノーケリングだけを目的に講習を受ける人は少ないし、
ショップもそれを嫌う傾向がある。
客単価が低すぎるからである。
が、そこはマナティーズ。
フロリダにあるクリスタルリバーという川に
冬場、海に生息するマナティが集まる。
ジュゴンに似た海洋哺乳動物である。
これを見物するのはスノーケリングだという。
マナティーズは、しばしばそこにツアーを出す。
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スノーケリングとダイビングを始めて52年、
スノーケリングだけの講習を
引き受けてくれるショップがあるというのは、
私には奇跡のように思える。
講習を受けた人たちは、
海での講習は省いて、
いきなり魚たちと対面することになる。
(そうは、うまくはいくまいが)
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昔、初めてこの海をのぞいた女性が
「大変、たいへん」と叫んだことがある。
事故かと思って走って行ったら
彼女は魚の多さに驚いて、
「たいへん」と叫んだのだった。
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さて、ことし「たいへん」を叫ぶのはだれなのか。
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海の陸、水中の写真は大橋撮影。
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# by rocky-road | 2016-10-12 23:21  

模倣はクリエイトである。

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今年、2016年6月5日の誕生日のプレゼントとして、
パルマローザのみなさん、
ロッコム文章・編集塾の塾生、
その関係者の方々から、
「韓国旅行」をいただいた。
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事前に作っていただいたパンフレットには、
「大橋先生と行くワクワク・ウキウキ韓国2泊3日」
とあったが、
私にとっては2008年の初回訪問以来2度目。
まったくの不案内の行先であって、
みなさんをワクワク・ドキドキさせるのはムリ。
みなさんに着いてゆくだけの気楽な旅……のつもり。
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メインテーマは、
ファッショングッズの物色と食べ歩き。
このテーマは、わがレパートリーの1つでもあるので、
充分に楽しむことができた。
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日本の女性の衣服の多くは
メイドイン・アジアだが、
メイドイン・コリアの一部は
デザインそのものをクリエイトしている様子。
つまり日本の下請けではなく、
オリジナリティを発揮している。
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専門家から見ると、
世界のファッションの動向から、
「いいとこどり」をしている
といわれるのかもしれないが、
むしろ世界の動向をヒントにして、
より大胆なファッションをクリエイトしているように思える。
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それは、わが日本の「いつか来た道」でもある。
昔は「模倣が得意なジャパン」といわれたが、
実際には、そこから新しいものを生み出してきた。
今日の模倣、というよりコピー大国は中国だが、
このほうは、完全無欠な「ニセ物」である。
こういうルートをたどって、
センスもマナーも近代化してゆくものである。
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これを不快と感じてはいけない。
Jポップスの歌詞は、
すでに数十年にわたって、
「完全無欠」なニセモノ外国語を使って、
国籍不明のソングスを生産し続けている。
いとしのエリ―さんや
五番街のマリーさんは、
何県何街何番地に住んでいるのか。
欧米風の虚構の世界である。
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それを非難しているのではない。
文明・文化の流れとは、そういうものである。
かくして、
アメリカ生まれのジャズの一部はJポップスとなり、
ラーメンやカレーライスは
天下晴れて日本料理となったのである。
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いまや(といってもかなり前から)
韓国の女性服の一部デザインやアイテムは、
先進国の下請けから脱して、
少なくともアジアをリードしつつある。
生地の色のバリエーション、
デザインのバリエーションの多様性には、
昔の「アメ横」体験者といえども圧倒された。
もっとも、
これらのファッションは観光客向けなのか、
自国民向けなのか、
その判断は、いまは情報不足でできない。
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とにかく、妙にカッコをつけず、
思いつきをどんどんカタチにしている。
日本人には、ここまでの勇気はなかった。
フランスのシックに憧れるような、
遠回り(?)をすることなく、
テレビファッションでもなんでも、
どんどん商品化してゆく。
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見落としているのかもしれないが、
日本で見かける「国防色」(こくぼうしょく=オリーブ色)が
あまり目につかなかったのは、
この旅の収穫の1つといえる。
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メンズジャケットの店には
黄色や赤、ロイヤルブルーが飾られていた。
日本にも、ダンス系やホスト系の店には、
こんな衣服が展示してあるが、
これを日常使いする例は、あまりない。
むしろ、私がそのごく一部の実践者かもしれない。
徴兵制のある国で、
だれがこれを着るのか、首をかしげた。
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街は深夜を過ぎでもにぎわっているが、
さっき見たような服を着ている女性はいない。
夜中の街歩きに、あのファッションはありえない。
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では、昼間は? 働く人たちは? オフィスでは?
全部を「視察」する時間も機会もなかったが、
帰りの空港で見た地元のテレビに、
あの恰好をした女性アナウンサーやキャスターが
映し出されていた。
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ファッションビル、日本風にいえば雑居ビルに
ひしめいているミニサイズのショップに、
倉庫としか思えないほど積み込まれた衣服の需要は
どこにあるのか。
日本から業者が買いつけに来るとは聞いたが、
それにしても、その量が多すぎる。
この需要を上回る過剰生産力が、
デザインのバリエーションと価格の安さを生んでいるのか。
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転業の余地が少ない地域の事情が
この活力を生んでいるのだとすれば、
ハングリー精神は、
やはり人間に強いモチベーションを与えると
改めて実感した。
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ところで、5階まであるビルのショップ群。
日本と同じように、
「メンズ」は4階、5階へと追いやられている。
のぞいてみると、客は1人2人。
こわいくらいのフロアの静かな空気。
秘密アジトに迷い込んだかと緊張したが、
売っているものは、
1か所のホスト系(?)を除いては
日本のメンズコーナーと変わらない。
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よほど客が来ないのか、
エレベーターホールや階段近くのスペースに
不要になった商品のゴミ袋入りが
放り投げられていた。
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この光景を見て、あることを思った。
日本では、かつて有給休暇の消化率がきわめて低く、
「日本人は働き過ぎ」と欧米諸国から非難された。
趣味がないから働く、
「余暇」ではなく、「与暇」(与えられ暇)に甘んじていた
日本人の閉塞的人生を緩和したのは女性だった。
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休暇をとったあとの月曜日、
「疲れたのでもう1日休みたい」と
追加申告をする女性の勇気に、
内心、「敵ながらあっぱれ!」と思った。
今日、男にも育休や産休が与えられるという休暇事情は、
堂々と(ぬけぬけと)休暇を求めた女性の功績によるところが大きい。
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いま、女性たちは、
山と積まれた衣服を買い求めた以上、
午前と午後に1回ずつお色直しをしたくなるほどの
ライフスタイルへとシフトすることだろう。
それこそ、平和運動そのものである。
それは「戦前」の期間を延ばすことにもなり、
もし、男たちがこれに倣うことができれば、
健康寿命を延ばすことにプラスに働くことだろう。
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以上が、徴兵制のある国で感じたことの1つ。
次回の韓国行きがあるとすれば、
軍事基地などをコースに入れて、
軍服姿の男たちにインタビュ―したいと思う。
そのときはもちろん、
イエローかレッドのジャケットを着て。
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# by rocky-road | 2016-09-29 21:13  

30食品~四群点数法~10食品。

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去る9月14日の夜、
「NHKジャーナル」というラジオ番組を
たまたま耳にした。
『老化を遅らせる食事法』という番組。
人間総合科学大学教授の熊谷 修氏が、
その内容を説明していた。
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年齢が高くなるとコレステロール値や血糖値、
血圧を気にする人が多いが、
それ以上に気にしなければならないのは
たんぱく質の不足やエネルギー不足だという。
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氏による、
番組以外の説を参考にすると、
近年、血液中に含まれる血清アルブミンの低下が
老化や認知症、その他の生活習慣病のリスクを
増大させることが
外国の研究者などの間でも
明らかになってきたという。
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血清アルブミンは
摂取した良質たんぱく質を材料にして
肝臓で合成されるという。
この成分は、血中の60%を占めるといい、
これより下回ると抗酸化機能が落ちたり、
放熱作用が落ちたりするという。
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高齢者の熱中症の一因は、
血清アルブミン量の不足から
つまりは摂取たんぱく質不足から
外気温で上昇した体温を、
放熱することができなくなるため、とする。
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結論は、「粗食」や、1日2食などではダメで、
毎日80㌘ほどの肉をとる必要がある、と。
近年の高齢者研究者には、
肉をすすめ、
「ちょっと太め」をすすめる人が多い。
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数年前から
「肉など脂っこいものをたくさんとると
生活習慣病をふやし、『食の堕落』を進め、
それは民族の危機」との珍説を展開し続けている
農学系の某発酵学者がいるが、
このセンセイの意見を聞いてみたいものである。
この発酵学者は、昭和30年代まで続いてきた
海藻、根菜、魚、豆、米を基本とする和食は
栄養バランスが理想的、と公言し続けている。
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NHKジャーナルの話に戻って、
熊谷氏は、老化を遅らせる食事の大切さを述べ、
その事例を「いまからいう10の食品を
リスナーのみなさんは書き取っていただきたい」と
ことわって、以下の食品をあげた。
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①肉、②卵、③牛乳、④油、⑤魚介類、
⑥大豆製品、⑦緑黄色野菜、⑧芋、⑨くだもの、⑩海藻
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これらの食品を1日3回の食事によって
均等にとることをすすめていた。
この中で、量を示したのは肉の80㌘。
食品の品目で見れば、
食事摂取基準に近いものになっている。
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しかし、量の目安がないうえに、
適正エネルギーについての説明もないので、
この放送を聞いただけでは、
実行しにくいし、実行したとしても、
長続きはしないだろ。
漫然と10食品をマークして、
それを毎日とるには、食品が散らばりすぎている。
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文明や文化もまた、
つねに右肩上がりではないことは承知しているが、
分野が違うと、
これまでの歴史が生かされず、
およそ50年くらい後戻りしてしまうものかと
またまた慨嘆した。

つまり、1958年には、
いろいろの経過を経て、「四つの食品群」が
香川 綾先生によって提唱されていた。
(女子栄養大学創立者、医学博士)
この食事の目安は、
当時の「栄養所要量」に基づいて
1日にとりたい食品を4つのグループに分け、
性、年齢、労働量などに応じて、
その摂取概量を示したものである。
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第1群として、卵は1個、牛乳をコップ多めに1杯。
第2群は、肉と魚、その加工品を1日2皿。
第3群は、緑黄色野菜と淡色野菜を合わせて300㌘。
     (今日では350㌘)
     芋1個、
くだもの1個(リンゴ、みかんなら2個)
海藻、きのこは任意の量。
第4群は、穀類(米、パン、麺など)を
     1日3食。ご飯は茶わん軽く1杯程度。
     パンは食パンなら2枚、
     麺なら1わんを1食分とする。
     油脂は、1日、計量スプーン1杯
     菓子や砂糖、嗜好飲料は
     毎日とるべき食品ではないが、
     とる場合は、この群の食品として扱う。
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「四つの食品群」の食品は、
「老化を遅らせる食事」と大差はないが、
それらを4つの引き出しに入れて覚えるので、
整理はしやすくなる。
卵と牛乳は第1群だから、
朝食で、真っ先にとるようにする、
などの原則を作ってしまえば、
あとは3つの群のコントロールである。
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この「四つの食品群」はとるべき量を
1個とか2皿とか、概量を示すほか、
それぞれに重量を示している。
上記のものは家事を専業とする
主婦の必要エネルギーをベースにしたものである。
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のちに、食品の重量を、80キロカロリーを1点として、
1日20点(1600キロカロリー)を基本量とする、
「四群点数法」へと発展し、
中学、高校の一部の教科書にも採用された。
『食品成分表』に収載されている食品を
1点80キロカロリー当たりの重量に置き換え、
冊子にした。
『1点80キロカロリー成分表』という。
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エネルギー単位に食品の重量を示したのは、
当時、1960年代前半ころから、
肥満や「成人病」(当時)が顕著になってきたためである。
「卵は1個がほぼ1点(80キロカロリー)、
魚は、アジなら1匹が1点」というように把握する。

栄養学はここまで前進してきた。
食品栄養学、食品化学、栄養生理学、
ビタミン学などの研究実績をもとに
「食事摂取基準」というガイドラインが
省庁から数十年にわたって示され、
さらに、毎年行なわれる国民健康栄養調査などの
成績も加味して、ゼロ歳から高齢期の人までの、
労働量別の適正摂取栄養量の
ガイドラインが示されている。
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医学の分野では、
ここ30~10年くらいのあいだに
治療から予防へと急速にシフトしてきた。
この過程で、栄養学に関心が向くようになる。
が、栄養学の基礎知識を学んでいないから、
とかく部分対応になる。

アンチエージング分野では、
こんな微量成分がいい、
こんな食品がいい、と、
単品をすすめる学者が多かった。
「多かった」と表現するのは、
「アンチエージング」説の流行が
ほぼ終わったと見るからである。

ドクターや、栄養学以外の学者には、
国民健康栄養調査や日本の栄養学史を
チェックしている人の割合は低かろう。
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かれらには「三色食品群」や「1日30食品」
のことを知っている人は少ないと思われる。
つまり、食品に含まれる栄養素の特徴別に
食品を分類するだけでは、
量のコントロールができないことを
調理経験や食生活運営経験のない者には、
なかなか理解できないのである。

昔(1980年代)、厚生省が提案した
「1日30食品を」運動などは、
「七色とうがらし」をとれば7品はとれる、
というようなお笑いネタにまでなった。
毎日、とりたい食品を30品だ、10品だと
並べただけでは、
ルートを示したことにはならないので、
食生活の地図にはならないことに
大半のドクターや専門外の学者の思いは至らない。
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悲しいが、それが現実である。
しかし、彼らの無知や浅学を嘆くだけでは
問題は解決しない。
その原因は、むしろ栄養士の怠慢にある。
「四群点数法」を学んだ栄養士が、
それを普及することを怠ったか、
それに全力を注がなかったことが
遠因としてある。

それをさらに掘り下げると、
栄養士のコミュニケーション能力の低さにある。
話す力、書く力の強化を怠ったために、
情報を遠くに飛ばすことができなかった。
「1日に何をどれだけ食べるか」という
食の地図を人に示し、
実践してもらうところにまでもっていくには、
論理も、情緒も、さらには哲学も必要になる。
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相手は専門家ではなく、一般市民である。
よけいに情報発信力が必要になる。
学ぼうと思っていない人たちの関心を引くには、
よほど魅力的な話し方、書き方が求められる。

というところまできて、
「だったら、アンタだって、一端の責任がある」
という声が聞こえてきた。
「栄養士、健康支援者のコミュニケーション力、
表現力の強化を目的に授業を行なっているのに、
なぜ、栄養学の分野にすぐれた論者が出てこないのだ」と。
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指導法の問題なのか、
目標設定があいまいなのか、
珠玉(「じゅず」ではなく、「しゅぎょく」)の
人材に不足があるのか、
かれらもモチベーションの低い世代なのか、
さらに熟考してみたい。

と同時に、
一時、研究分野でしきりにいわれたように、
「学際的」な人的交流も必要だろう。
ドクターや、栄養学に弱い学者と栄養士とが、
コラボレートすれば、
いくらか状況が変わるだろう。
だがだが、
果たして、そういう連中、
つまり、ナイーブで、視野狭窄気味のドクターや栄養士が、
放っておいたままで
自主的に交流ができるのか。
ここにもコミュニケーションの
ハードルがあるのが現実である。
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# by rocky-road | 2016-09-21 17:05  

企画会議、いまは昔――にあらず。

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いま放送中のNHKの連続テレビ小説に
しばしば編集部の室内シーンが出てくる。
仕事中のシーンや同僚との会話、
上役とのやりとりなど。
編集会議らしきシーンもある。
が、なぜかみんなトゲトゲしている。
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終戦直後の、モノのない時代だから、
と考えるのは間違いで、
実際には、もっと明るく、のびのびしていた。
あんなに深刻な顔ばかりはしていなかった。
演出の過剰なのか、演技力の問題なのか。
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現実の『暮しの手帖』は
やがて100万部を超える大ヒット出版企画である。
なのに、あの暗さ、あのトゲトゲしさはないだろう。
私自身も長いあいだ購読し、
おもに文章力を学んだ。
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番組の編集会議シーンでは、
長方形に並べた机の頂点に
社長および編集長が座り、
かつ、編集長(?)は
立って演説調で発言しているのだった。
柔らかな会議では、立ってはいけない。
演説をしてはいけない。
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過日、≪コミ研 ひろしま≫のセミナーで、
戦後まもなくアメリカから伝わった
「ブレーンストーミング」
という話し合いの形式が、
今日に至るまで、
日本中に行きわたったとは言いがたい、
という話をしたが、
『あなたの暮し』(番組中の誌名)の編集会議は、
古き良かざる時代の形式である。
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リアルな時代考証によるシーンなのか
(実際、スタッフの少なからずは生存している)、
テレビ制作者の創造的(想像的)シーンなのか、
定かではないが、
あの形式では、
打打発止(ちょうちょうはっし=刀で撃ち合う状態)
といえるような「ブレスト」はしにくい。
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創設者の花森安治(はなもり やすし)氏が
よほどのワンマンだったことを言いたいのか、
実際、ああいう形式で会議を行なっていたのか
番組からは推測できない。
花森氏が亡くなったのは1978年というから、
私が食生活雑誌の編集長になった年である。
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私はオーナー編集長ではないし、
そして労働組合全盛期でもあったから、
あんなワンマンは通らなかった。
それに、そこまでワンマンでありたいとも
思わなかったので、私の場合は
もう少し「ブレスト志向」があったと思う。
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つまり、司会進行によって
きっちり進められるような
四角四面の「会議風」ではなく、
前の発言者のアイディアに
別のアイディアを上乗せしていくような
聞き覚えのブレスト風を
目指したつもりである。
1日かけて、飲食つきで行なったこともしばしば。
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ブレーンストーミングのルールはそういうものだが、
そこは発言が控えめな日本人のこと、
とても談論風発というわけにはいかない。
「参加型」というのは簡単だが、
ミーティングでも講義でも、
参加者はなかなかしゃべってはくれない。
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そこで、
どうしても『あなたの暮し』編集部風になる会議が
2016年の日本中にはゴマンと、
いや数百万とあることだろう。
『あなたの暮し』社は、
戦後、すぐにスタートした版元だから、
そういうワンマンスタイルが続いたのかもしれない。
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アメリカ人の行なうブレーンストーミングを
間近で見る機会はなかなかないが、
2014年11月29日、
その機会が突然やってきた。
映画『ベイマックス』や
『アナと雪の女王』のプロデューサー、
ジョン・ラセター氏の伝記的レポートを
NHKテレビが放送した。
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3Dアニメ映画の『ベイマックス』の制作過程に
「ストーリールーム」とか
「ノートセッション」とかといった場で、
30人は超えると思われるスタッフが、
映画の主人公たちの心理描写、
表情の描き方などについて、
司会者らしい役も置かず、
意見交換をしているのだった。
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これぞまさにブレーンストーミングである。
総指揮者のラセター氏は、
端のほうで黙って見ているくらい。
この番組を見て、
アメリカ人のディスカッション力に完全脱帽。
日本人との差は100年どころではない、
と感じた。
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そうではあるが、
いや、だからこそ、
ブレーンストーミングやディスカッションの
スキルアップを続けなければならない。
こういう話し合いができること、
言い換えれば企画力を養うことは、
商品や記事をヒットさせる、という程度の話ではなく、
地域の、国の、地球人の生存にかかわる問題である
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そう思うと、
一部の健康支援者が5年間続けている
「食ジム」は、そうとうに意味があることと思う。
テレビ小説『とと姉ちゃん』を観ている人は、
会議シーンや、上役の登場シーンのときには
企画力を高めるための反面教師とするのも
一法かもしれない。
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# by rocky-road | 2016-09-12 00:02  

ときには、自分に不正直に。

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2人の海仲間から
うれしい情報が入った。
 
その1人は、自然保護協会が発行する
自然保護』という雑誌の
昨年の「表紙写真コンテスト」に応募し、
それが入選して、
この10~11月号(隔月刊)の表紙に使われた、というもの。
その雑誌が、
撮影者(井出哲哉)から送られてきた。
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去年、沖縄の座間味島(ざまみじま)で撮ったという
ハマフエフキ、約60センチの大きな魚の真正面写真。
ダイビング雑誌でも、
ここまで魚のド・アップ写真を使うことは多くはない。 

もう1人は、
昨年、出版した『評伝 増田萬吉 潜水の祖)』
という本が、
岩手県にある、種市(たねいち)高等学校の教科書として
採用されることになったため、増刷されたという。
この高校は、日本で唯一の、
プロの潜水士などを養成する学校である。
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彼(鷲尾絖一郎)には、
すでに『海で死なないための安全マニュアル
もし、サメに襲われたら
十姉妹の謎を追う!』など、
海ものと、飼育小鳥のルーツをたどる著書などがある。
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私がスノーケリングのクラブの創設にかかわり、
同時に海と島への旅を始めたのは1964年。
クラブには20年間で600人くらいの人が
通過していったが、
活動の中心になるのは、最大で70人くらいだった。
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スノーケリングやスクーバダイビングを
地の果てから始めるもう1つの旅ととらえ、
国内のいろいろの海におもむいた。
私がダイビング雑誌の編集にかかわっていたこともあって、
ダイビング界の動向について話題にすることがあった。
それの結果なのか、
編集や著述業を希望の人が何人か出てきた。
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といって、スノーケリングのクラブは、
著述家や編集者の養成機関ではないから、
とくにその道をすすめるような野暮は避けてきた。
しかし、その道を目指す人には、
ある程度の口利きをして、
あと押しくらいはした。
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そんな日々から40~50年、
本格的な出版プロデューサー兼著述家になったり、
ゼロ戦ライターとして
独立したりした人が何人か出た。
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最初にあげた「ハマフエフキ氏」は公務員として定年を迎え、
以後、俄然、写真や著述に目覚め、
あちこちへアクションを起こしている。
スタートに遅すぎることはない。
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いま、ロッコム文章・編集塾を主宰したり、
能登や広島でコミュニケーションについて講義する目的は、
プロフェッショナルのスキルアップであるが、
心の底で、さらにその先を目指す人が出てくるのを
期待しているところがないとはいえない。
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しかし、それを前面に出すと
無用なプレッシャーをかけることになるので、
そういう(どういう?)話題やアクションは
控えるようにしている。
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栄養士の中には、
なぜこんなに有能な人が
情報発信者にならないのだろうか、と、
思わせる人も少なくなかったが、
本人の描く人生設計図は意外に小さくて、
いまの仕事で充分と、引き下がってしまうのだった。
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また一方で、
なかなかのノリでその道を選びながら、
不勉強と、人脈づくりや人脈維持の不得手から、
いつの間にか消えてしまった人もいる。
そういう人のほうがはるかに多い。
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人生は、確かに「マイペース」や
「自分に正直に」「自分らしく生きる」のほうが楽である。
マイペースや「自分に正直に」は、
シッチャキになって努力をしない人間の、
自分をごまかす言であり、生き方である。
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人間は楽なほうを選びがちだから、
「自分に正直」や「自分らしく」は、
楽な生活に逃げることを意味する。
大事なのは、ときに、自分に不正直に生きる根性である。
この場合の「不正直」とは、自分の感性に対してである。
眠くなった自分に「それはヤバいよ」と言ってやることである。
知力は、眠気や怠惰を防ぎ、
あしたの「快適」「爽快」をイメージすることができる。
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「アリだってゴキブリだって、自分に正直に生きている」
と、言ったことがあるが、
考えてみれば、アリやゴキブリに失礼な発言である。
≪ゴキブリホイホイ≫をはじめ
駆除薬剤の攻撃から逃れて生存してゆく苦労は
人間なんぞにはわからない、
「倍々ペース」の人生であろう。
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この8月28日、
≪コミュニケーション研究会 ひろしま≫主催の
セミナーが終わった。
年4回のペースで1年目が終わり、
次のクールに入るところである。
この日は、「企画力、アイディア力は文章をこう使えば
強化できる」という演題で1日講義をした。
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ここのメンバーからも、
次の目標を定めつつある人が
現われることになるだろう。
その日までの時間はたっぷりある。
人生は、最後の最後まで、登り坂である。 
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# by rocky-road | 2016-09-02 00:51